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彼が考え込むような仕草を見せたので、僕は川へと視線を移した。午後の日差しを受けて、水面がきらきらと輝いている。明日から、乗る電車を一本ずらそう。同じ電車に乗りさえしなければ、彼との接点はないに等しい。たったそれだけのことで、僕は彼の世界から消えることができるのだ。
「よく、分からないんだけど」
「うん」
「あなたが嘘をついてたら、俺はあなたを嫌いにならないといけないのかな?」
「そうじゃないけど……。でも、嫌いになるでしょ」
「なんないよ。最初に言ったじゃん」
「でも、男だよ。男と、このまま付き合えないでしょう」
「それなんだけど、俺も言わなきゃいけないと思ってたことがあるんだよね」
春風が横から吹いてきて、彼の茶色がかった髪がさらさら揺れた。
「俺──女だよ」
「え?」
口を開いたまま固まる僕を見て、彼が笑った。
「性別。女」
「嘘……だって、制服」
ちら、と視線を下げる。彼が着ている制服は、ブレザーにスラックスだ。
「ああ、うちの高校、今年から女子もスラックスが選択できるようになったんだよ。今、そういうとこ増えてるしね」
確かに綺麗な顔をしているとは思っていたが、制服で男だと決めつけていた。
「俺、って」
「これは、元から。そういうしゃべり方なだけ」
つまり、と彼は続けた。
「俺も黙ってたんだ。あなたが男だってことも、あなたが誤解してるのも、知った上で」
全部知ってた? 想定外の返しに、頭が回らなくなる。
「何で、そんな」
「だって、男の俺が好きなのかなって思ってたから。男じゃないって知ったら、離れていっちゃうかもしれないでしょ」
僕は決して、男性が好きだから彼を好きになったわけではないのだが、そう誤解されても仕方がない。
「あなたの学校にね、兄が通ってるんだ」
「お兄さん……」
「告白されたときは、正直女の子だと思ってた。付き合うってなったあと、兄にあなたのことを知ってるかどうか訊いてみたんだ。それで、あなたが女の子じゃないって知った」
勝手に探るような真似をしてごめん、と謝られ、僕は首を横に振った。
「俺は元々女の子が好きだったわけじゃなかったから、あなたが男でほっとした部分もあったんだけど。でも、あなたはそうじゃないかもしれない。俺のことを男だと思ってるんだなっていうのは、すぐに分かったから。俺が女だって知ったら、それは無理だって思うかもしれない。だったら、しばらく黙ってようかなって」
彼が自分と同じ気持ちでいたと知るのは、最初の告白に続いて二度目のことだった。
「あの」
「うん」
「何で最初は同性だと思ってたのに、僕と付き合ってくれたの?」
「あなたがそれを訊くの?」
くすくすと彼は笑い出した。確かに、同性だと思いながら告白した僕が訊くことではない。
「ごめん」
「電車で見かけたときから、何となく気になってた。何か俺が読んでるのと同じ本読んでるし、すぐお年寄りとか妊婦さんに席譲るし。付き合ってくださいって言われたときは、気づいたらもう、いいよって頷いてた。頷いてよかったって、今でもそう思ってる」
「……ありがとう」
「こちらこそ」
いつの間にか、河原にいるのは僕と彼だけになっていた。空の色が薄紫色に変わり始めている。
「桜、咲いてるときに来ればよかったね」
ここの桜は有名で、祭りをやっていることだって知っていた。しかし桜が咲いている頃は、彼にどう打ち明ければいいのか、そんなことばかり考えていて、花などほとんど見てもいなかった。
「来年、また来ればいいじゃん」
「来年……」
「知ってる? 桜って、毎年咲くんだよ」
そう言って彼が笑ったので、知ってるよと僕も笑った。
end.
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