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二度目の告白
土手から河原へと続く石段の途中に、彼と並んで座る。先月までは桜まつりが開催されていたらしいが、終わった今は静かなものだった。ぼんやり川を眺めに来たひとや、犬の散歩をしているひとしかいない。
「寒くない? これ、貸そうか」
彼が部活用のウィンドブレーカーを差し出してくれたが、大丈夫と断った。朝からよく晴れていて、気温的にはそれほど寒くはない。微かに震えているのは、寒さのせいではなく緊張のためだ。
「話って何か、聞いてもいい?」
少し話したいことがあるから寄り道しよう、と切り出したのは僕の方だった。普段降りない駅で降りて、数分歩くと河原に出た。言うべきことは決まっていて、後は口に出すだけだというのに、上手く言葉が出てこない。
たぶん、と彼が苦笑した。
「あんまり、いい話じゃないんだろうな、とは思ってる」
石段に貼りつく花びらを眺めていた彼が、顔を上げて僕を見た。
「俺といるのが、嫌になった?」
「違う!」
思わず否定すると、声が大きすぎたのか、少し離れた場所で犬が吠えた。僕は小さな声でもう一度、違うよ、と言い直した。
「君を嫌いになったんじゃなくて、君に嫌われると思って、ずっと言えなかったことがある」
「別に、何言われても嫌いにならないと思うけど」
「そんなことないと思う……」
「じゃあ、言ってみてよ」
彼の声のトーンは、普段と変わりなかった。僕の好きな、綺麗なアルトのままだった。その変わりなさに苛立ちを覚えて、僕は言った。
「男なんだ」
「え?」
「僕、男なんだよ」
彼の前では、「僕」とは言ったことがなかった。なるべく人称代名詞は使わないようにして、必要があれば「わたし」と言い換えていた。私服の学校なので、制服で性別を知られることもない。彼が知る僕の情報というのは、目に見えるもの、僕から伝えられたものでしかない。
僕だって彼のことは、名前と通っている高校、自分よりひとつ年下だということくらいしか知らない。ほんの一か月前までは名前すら知らず、電車で顔を合わせる程度の間柄でしかなかったのだ。
「ごめんね、黙ってて。あの日、痴漢から助けてもらったとき、僕のこと『女の子』って言ってたから。誤解されてることには気づいてたんだけど、それでもいいやって思ったんだ。その方が、都合がいいと思ったから」
自分の恋愛対象がどちらかなんて、考えたこともなかった。今でもよく分からないが、彼が好きだということだけは、はっきりと分かった。
「高校違うし、性別間違われるのはよくあることだし、自分から言わなければ、分からないかもしれないって」
高校二年の春、初めて電車で痴漢に遭った。私服とはいえ、別にスカートを穿いていた訳でもないのだが、そういうことは加害者には関係がないらしい。どうしていいか分からず声が出せずにいるところを、彼に助けてもらった。何度も同じ電車に乗り合わせるうちに、軽く会釈を交わすような関係になって、そのうちに、欲が出た。
帰りはほとんど一緒になることがない彼と、委員会活動で遅くなった日にたまたま同じ電車に乗り合わせて、衝動に任せて告白をした。上手く行く想定は、していなかった。
「今はまだどっちか分かんないような感じだけど、でもきっと、これからどんどん変わってく。声だってもっと低くなるかもしれないし、背だって君より伸びるかもしれない。男だって、いつかはばれる。そうしたら、一緒にいられなくなる」
だから、と僕は彼の目をしっかり見つめて言った。
「嘘ついててごめんなさい。終わりに、しよう」
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