強迫神経症の男

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強迫神経症の男 ある日の夕方の小田急江ノ島線の町田駅である。 一人の男が、プラットフォームの椅子に座って小説を読んでいた。 男のアパートは、湘南台なので、下りの電車が来るのを待っていた。 男は、町田にある、会社に勤めるサラリーマンである。 男は、通勤で電車に乗る時には、いつも小説を読んでいた。 電車の中では、皆、スマホで遊ぶ今時、小説を読む、というのは、めずらしい。 それほど、男は小説を読むのが好きだった。 ・・・・・・・・・ その日、読んでいた小説の内容は。 極度の強迫観念症の主人公が駅で電車を待っていたが、電車は脱線して乗客は死ぬ、という可能性の存在におびえて、電車に乗れなかった。 というものだった。 自分と同じ境遇だなと、男は思った。 男にも、強迫観念症の傾向があったからだ。 自分でも、バカだと思いながらも、どうしても、ある観念にとらわれてしまうのである。 電車が来た。 そしてドアが開いた。 何人もの乗客が電車から降り、そして、何人もの人が電車に乗り込んだ。 しかし、男は、小説にのめり込んでしまっていて、小説の主人公と同じ心境になってしまっていたので、どうしても電車に乗ることが出来なかった。 「江ノ島行きの、5時30分発の快速電車は、まもなく発車します。駆け込み乗車はおやめください」 というアナウンスが流れた。 そして。 電車のドアは、閉まった。 そして、電車は男を残して発車した。 すぐに、電車は見えなくなった。 男は、自分でもバカなことをしたな、と、後悔した。 男は、オレは本当に強迫観念症なのかもしれないと思い、明日、精神科に行こうか、と思った。 しかし、勇気を出して、今度の電車には、乗ろうと男は思った。 その時だった。 駅のアナウンスが流れた。 「お客さまに、お知らせ致します。ただいま、5時30分に当駅を出ました、江ノ島行きの、快速電車は、相模大野駅の直前で脱線しました。くわしい状況はわかっておりません。なので、小田急江ノ島線は、当分、上下線ともに運行を停止いたします。江ノ島方面に行かれるお客様には、たいへんご不便をおかけいたしますことに、お詫び申し上げます。江ノ島方面に行かれるお客様には、バス、および、タクシーのチケットを発行いたしますので、駅改札口までお出で下さい」 男は立ち上がった。 男は、オレは強迫観念症なんかではないんだ、と、ほっと安心した。 男は、オレは精神科に行く必要など全くないな、と思った。
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