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16 浩市は麗華を連れて、大橋教授と面会した。 大橋は、教授の椅子にどっかりと、威厳を出すかの様に座っているが、大学教授の肩書きがなければ、其処ら辺りにいる好色親爺の姿そのものだった。 浩市は大橋を蔑すむ想いを心に秘ひめ、告げた 「教授、麗華を連れて来ました」と、申し訳ないという素振りで言った 「見れば、判るよ」と、 大橋は不機嫌そうに立ち上がり、麗華達を、来客用のソファーに案内した。 「麗華君、昨日は失礼な事をしたな。」 と、麗華の顔色を伺いながら、意味ありげな言葉を発した。 麗華は、浩市との打ち合わせ通りに大橋に応えてみせた。 「昨日は、先生のお気持ちも察せず、こちらこそ失礼な事を してしまいました。今日は、その埋め合わせに参りました。」 大橋の強張ばった表情が、わずかながら緩ゆるんだ。 「そう言ってもらえば、こちらも、昨日の事は、無かった事にしようじゃ無いか」 と、いつもの様な横柄な態度に戻り、やらし気な笑顔である。 「先生、今からでもマッサージは如何ですか?」 と、麗華が身を乗り出し、大橋の耳元でささやく様に言った。 これも、打ち合わせ通りである。 「此処でかね?」と、いぶかしがったが、顔が心を正直に伝えている。 「先生、こちらのソファーに来てください。」 と、麗華は浩市を押し退け大橋を麗華の隣に座らせた。 これも打ち合わせ通りだ。 これから、マッサージが行われて、大橋の首の骨が折れる手筈だ。 浩市は、期待を持って見ていた。 「浩市君、席を外してくれたまえ!」 と、気の利かない浩市を責める様に、怒った声で大橋は言った。 浩市が、大橋の部屋から出て行こうとした、その時である、異変が起きたのは! 麗華の動きがおかしい?麗華の体が小刻みに震えだした。 明らかに人間の動きでは無い。 (メンテナンスに失敗したのか!)と、浩市は心で叫んだ その動きに、大橋も不思議に想ったのか、 「どうしたのかね?」と麗華の肩に手を置いたが、人間とは違う感触だったのであろうか、大橋は麗華から素早く手を離した。 徐々に、麗華の振動が大きくなっていく。 「何だ!これは」と、大橋はしばらく麗華を見つめている。 その麗華の動きは、大きく身体が揺れている。 その揺れは、人間の震えでは無く、機械が振動する動きである。 大橋は飛び上がるように、直ぐに麗華の側を離れた。 「化け物か?」と怒鳴りながら、側に置いてあった ゴルフクラブを手に握り締めた。 その時である、麗華の首が180度回転し、麗華の頭は真後ろを向いたのだ。 恐怖に慄いた、大橋は、 「この、化け物!」と怒鳴り渾身の力で、ゴルフクラブを麗華の頭上を目掛け、打ち下ろした。 「ゴキ」と骨をうち砕く鈍い音がした。 ゴルフクラブは浩市の後頭部を打ち砕いている。 血が静かに流れだし浩市は、麗華を庇う様に倒れて行った。 麗華の誤作動は収まりを見せ、正常に動き出した。 呆然と見つめ立ちすくむ、大橋の体が震えている。 「何をするのですか?」と麗華は大橋に怒鳴ったが、 大橋には感情が無い。消えてしまったかの様に呆然としている。 「誰か、誰か来て」と麗華は大声で叫んだ。 その声を聞きつけて、最初に来たのが佐伯だった。 新美が、頭から血を流して倒れている。 大橋は、ゴルフクラブを持っている。 何があったのかは、想像はできるが、今は一刻を争う時である。 佐伯は直ぐに、119番に連絡をした。そして他の人の助けを呼んだ。 麗華は浩市の名前を呼び続けてはいるが、浩市はピクリともしない。 死んでいるかと思ったが、僅かに呼吸はしている。 私は、お前の生きざまが、この様なぶざまな結果を招いたのだ! ボクサ-が相手をノックアウトし勝ち誇るかの様に、私は新美を見下していた。 大橋は茫然と立たち竦くみ小刻に震えている。 「化け物・・・ばけもの」と小声で何か云っている (これで、大橋も終わりだ!) 私は祝杯を上げたいと言う気持ちを隠しながら、110番に通報した。 救急隊員が、新美を担架に乗せ、新美は病院に運ばれていった。 麗華は泣きながら新美に付き添って病院に行った。 私は、哀れに想ったが、喜びのほうが優っていた。 大橋は未だに正気を取り戻すこと無く震え、何か訳の分からない独り言を云っている。 本当にぶざまな男である。 しばらくして警察が、大橋を連行していった。 一体何事があったのか?誰も知らない。 知っているのは、大橋と麗華と新美だけだが 新美は生きて返ってはこないだろう。と、私は思った。 しばらくして私の予想通り、新美浩市が死んだとの報告が入った。 あの二人に、一体何があったのか? 大橋が、新美浩市を殺した事は間違いが無いが、其の経緯が不明である。 麗華は警察で、「大橋が兄を殺した」と証言したと、聞いた。 事情聴取を受けた後、何故か麗華は姿をくらました。 何処に行ったのか警察も探しているのだが、消息は未だに不明である。 麗華は、救急隊員に 「大橋が、私にゴルフクラブで殴りかかった時、兄が私を庇う様に覆被かぶさった。その時ゴルフクラブが兄の頭にめり込んだ」と話していたそうだ。 だが、警察ではその様な事は言わず、「大橋が兄を殺した」とだけ、証言している。 私は、新美と云う男が判らなくなってしまった。 私の知る新美は、自分だけの事しか考え無い冷酷な人物と断定していたからだ。 何故、新美は麗華をかばったのか?自分が犠牲になると判っていながら、その様な行動をとる新美が、理解出来なくなった。 私が思っていた、新美とは違うのか? 私は、新美浩市と云う人物が如何なる人間かを調べたくなった。 私の研究者としての血が騒ぐのであろうか。 今まで、私は、新美を盗撮、盗聴だけで判断していたが、 私の憶測の部分が多くまた、私の悪意的感情では、正確な判断は出来ない様に思えてきた。 これでは、研究者としの値打ちを下げてしまう。 新美浩市をもっと詳しく調べてみたい。 これが、現在に於ける私の最大の関心事になっていった。 警察の調査が入る前に 私は、新美浩市の大学で使っている机の引き出しの中を調べた。 そこに入っていたものは、一括りの鍵の束がある。 その鍵の数は8個あり、どの鍵なのかは分からないが、 新美が使っている研究室の鍵もありそうであった。 机の中には何冊かの手帳とノートもある。 ノートパソコンが、別の引き出しに置いてあった。 これは個人用で、新美が使っていたのをよく見た事がある。 開いてみたいが、パスワードが判らない。 私は悪い事と知りつつも、全て私の鞄に入れた。 どうせ、警察が持っていくのだから、同じ研究員に貰ってもらった方が、新美も喜ぶであろうと、自分勝手に都合良く解釈しておいた。 これは盗んだのではない!新美浩市を知るためには、仕方のない事だ! と、自分自身に言い訳をした。 そして、私が次に向かったのは、新美の研究室であった。
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