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「おーい、そこの人」
と、浩市は女に向かって叫んだ。
女との距離は10m程である。
聞こえるはずであるが、女は素知らぬ顔で全く気が付かない。
屋上から下を見つめ、憂いを秘めた女の横顔が浩市の目に映っている。
浩市は苛立だちを覚えた。
(聞こえないのか?耳も悪いのだろうか?)
「おい、聞こえないのか?」と、さらに大きな声で叫んだ。
今度はその呼び声に気づいたみたいで、浩市の方に顔を向けた。
(醜いみにくい女だ!)声こそ出さないが、心の中では罵倒ばとうしていた。
だが、浩市にとっては貴重な女になるかも知れない。
浩市は、獲物を狙う鷹の様な気持ちであったが、
それを女に悟られない様に、女に近づいて行った。
「君は一体此処で何をしているんだ?
まさかと思うが、ここから飛び降りるつもりでは無いだろうな?」
と、浩市は女の方に向かって歩きながら、脅す様な言い方をした。
女は身動きが出来ないみたいに固まってはいるが、
身体は小刻みに震えている。
その表情は、悲しげで瞼は腫はれあがり、目は赤く充血している。
だが、瞳は綺麗に澄んでいた。
「そんなに怯えなくても、良いだろう?別に君を襲そったりはしないよ」
と、今度は優しくソフトな声で、薄笑を浮かべながら言った。
女の警戒心をほぐす為だ。
女は何も言わない。
不安な表情を浮かべながら、女は浩市を眺ながめている。
(どの様にして、女に自分の事を信用させるか?)
を、浩市は考えていた。
怯えている女には、優しく接してやる事が第一であろう。
こちらが、優しい男だと言う事を認識させよう。
その想いから、発した言葉が
「君は今飛び降り様としていたね?
悩みが有るのなら、僕に言ってみないか。相談に乗るよ。」
その言葉を聞いた女の表情が、少し緩んだ。
震えも止まったみたいである。
(この人に相談してみようか?最初は怖そうに見えていたけど、優しい人かもしれない)と、女は思った。
浩市は女に寄り添い
「僕に話してみないかい」
と、今度は優しく甘い声で包み込むように、女の耳元で囁いた。
女は男性からその様に優しく言われたのは、初めてであった。
ましてや耳元でささやかれたのである。
自然と女の目から涙が溢れてきた。
女はすすり泣きしながら、鼻水が出て来るのか、鼻をハンカチでおさえている。
(ブザマな女だ。醜い顔が、もっと醜くなった)
と、浩市は冷やかに想っているが、目は優しさを装っている。
「君は、ここから飛び降りるつもりでいたのかい?
私には、その様に見えたのだが。どうなんだい」
浩市の優しい言葉に、女は嬉しさを隠せないのか、
涙を拭きながらコクリとうなずいた。
女の身長は150cmぐらいで小柄だが、デブである。
容姿だけでは無く、スタイルも悪い。
(こんな女が、死のうと生きようと私には関係は無い!)
と、吐き捨てる様に心の中で、浩市は言っているが、女を利用できそうだ。
「私の部屋はこの下にあるが、私の所まで来ないかい?」
女は警戒心が溶けたのか、浩市の眼を見て、またうなずいた。
浩市は、獲物を得た狼の様に女の手を引き、浩市の研究室に連れて行った。
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