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いつも利用している駅直結のコンビニが改装工事で封鎖されている事に気付いたのは今朝のことだった。
「マジか……」
仕方なくそのままバスに乗って学園前の停留所で降りると、横断歩道を渡った向こう側にあるコンビニへと向かう。
この信号待ちが面倒くさくて、いつも駅直結のコンビニに通っていたのだ。
入店すると真っ先に店内奥にある大きな冷蔵庫へと向かう。扉を開け、炭酸飲料のペットボトルを取り出すと、そのままレジへ直行した。
「らっしゃいませぇ」
レジに立つ女の子が、だるそうな声で言う。
脱色のしすぎで傷んだ茶金の髪が悪目立ちしている。バーコードスキャンをする指先には、まるで天の川のような派手なネイルが施されていた。
その隣では店長と思わしき背の高い中年の男の人が、レジ打ちする彼女の様子を鋭い目つきで見詰めている。
相手を値踏みするような、その場に居合わせるだけでも居心地の悪さを感じる目付きだった。
「お会計が129円になりまぁす」
財布から小銭を出しながら、ちらりと彼女の様子を窺い見る。
眉ひとつ動かさず無表情だが、ペットボトルにシールを貼る手がかすかに震えているのが見てとれた。
店長にずっと見張られて、緊張しているのだろう。
俺は何だか少し、彼女のことが気の毒に思えた。
たしかに見た目は派手でチャラチャラしてるし、「らっしゃいませぇ」の声に覇気は感じられない。
でも、それは慣れない会計に緊張しているからかもしれないし、彼女なりに精一杯の接客をしているつもりかもしれないじゃないか。
俺がじろりとカウンター越しに立つ店長を睨むと、その視線に気付いたのか、彼は少し気まずそうに視線を逸らした。
「あのっ!」
お会計を終えて、心なしかほっとした様子の彼女に、俺は思い切って声を掛けた。
「頑張ってください」
「えっ」
「応援してるんで」
ペットボトルごと彼女の手をぎゅっと握りしめる。
ネイルに付いている飾りが少し尖っていて指が若干痛かったが、そんなことは構わない。
「……あ、ありがとうございます」
伏せ目がちにお礼を言う彼女はかすかに頬を赤らめていた。
か、かわいい……!
見た目とのギャップに思わず胸が高鳴る。
「あっ、すみません!」
硬直していた俺は、慌てて握っていた彼女の手を離す。
急に狼狽始めた俺を見て、彼女はバサっとした睫毛を瞬かせた。
「それじゃ、俺は、これで」
慌てて立ち去ろうとする俺に、彼女は「あの!」と声を掛けた。
「これ……忘れてますよ」
レジカウンターに置き去りにしようとしていたペットボトルを、彼女は小さく掲げた。
恥ずかしすぎる……なにやってんだよ、俺。
ぺこっと頭を下げて、その手からペットボトルを受け取ろうとしたときだった。
「これ美味しいっすよね、私もよく飲みます」
予想外の展開に驚き顔を上げると、視線の先で彼女がはにかんだように笑う。
「あ、うん、そうっすね……」
思わず彼女の口調が俺にまでうつってしまう。
彼女はこちらへ深々と頭を下げた。
「ありがとぉございました!」
俺はペットボトルを両手で握りしめて店を出た。
瞼の裏に焼きついた彼女の笑顔を思い出す。
チャラチャラしてるだなんて、人を見かけで判断しちゃいけないな。
足元が何だかふわふわした心地で、自分でもらしくないなと思う。
それでも、気分は晴れやかだった。
キャップを握る手に力を込めると、プシュッと爽快な音がした。
ーー夏が、はじまろうとしていた。
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