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虎狼の少年
「煌々と光る一番星、墜ちて、歌の葉と散る」
──荒涼とした砂漠。見渡す限りの真白い砂、砂、砂。その中に朗々とした声で、歌うように言葉を連ねる少年が居た。白銀の頭髪は歩を踏み出す度に頬を嬲る北風に遊ばれるも、月明かりに煌めく虎狼の眼には何の情動も映し出されていない。
「燃ゆる灰に火を点せば、骨が月を食む」
右手を眼前に翳すと、少年の目の前に拳大の火の玉が浮かび上がる──青紫と形容するに相応しいその炎の色は、還れぬ者達の死出の旅路を導く光となるのだろう。火が灯ってから暫くの後、その場にヒトならざる『気配』が満ちた。呼吸の音も、鼓動の気配も無い『それ』は、少年を取り囲んで静かに視線だけを寄越している。
少年は『それら』を一瞥すると、一言呟いた。
「──嘆かわしいな」
慈悲と言うよりは若干の嫌悪が篭った、低く低く、腹の底から絞り出すような声。──そして、ひとつの『気配』に向かって浮かんだ火の玉を迷い無く投擲した。
──ガッ、
……頭部を金物で殴打されたような鈍い音が響き渡る、と同時に。投げた先に居た『気配』は青い火柱を上げて燃え上がった。轟々と吹き上がる炎に包まれた『それ』はこちらに手を伸ばそうと試みたようだが、その影も徐々に形を失って崩れていき、火が消える頃には白い灰と化していた。
声無き『気配』達がざわめく。
騒がしい静寂が辺り一帯を包んだ。
"慈悲を"
"慈悲を"
"愛を"
"憐れみを"
それら全てを黙殺すると、少年はその場に背を向けて歩き出す。それに追従するように『気配』達は歩み始めた。ずるり、ずぅるりと、少年にのみ届く音が鼓膜を這い回る。
「……進め、進め。死出の旅路を」
「我らは世界の楔、葬送の列、太陽の反逆者」
──さく、さく。淡々と歩を進める音。
風にはためく黒衣の音と、少年の歌だけが響く。
「黒檀の如き雪の祝福と白い贄、」
「月が嗤うその時に、悲しみの湖は満たされる」
──さく、さく。
死の灰の山を歩く王は、今日も独り歌い続ける。
頭上には煌々と三日月が輝いていた。
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