3.違う顔

1/1
116人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

3.違う顔

 屋上で死んでいた女生徒は、普通科の2年生、橋田由利香と判明した。  トイレで発見された戸倉想太と、体内に残っていたDNAが一致し、屋上で行為に及んでいた相手は戸倉想太と確定した。  尾道陽子の指揮の下、生徒達の聞き取りには少年係のエキスパート達が当たった。特に普通科クラス全体の聞き取りは、保護者立ち会いの元、慎重に行われた。だが、めぼしい証言が出てくるどころか、想太と由利香が付き合っていたという証言一つ出てこなかった。 「ま、初対面の大人にペラペラ喋るほど、今のガキはお目出度くはできていないからな」 「お前が言うか」  いつもの銀座のバー『SEGRETO(セグレート)』で、久紀と逸彦は落ち合っていた。このマスターは警察OBであり、ここでの話が外部に漏れる心配はない。店の規模も小さいから、聞き耳を立てている素振りの客がいれば、すぐに分かる。何しろ、店の名の意味はイタリア語で『秘密』という意味だというのだから、その口の堅さには自信もあるのだろう。  それに、死角の多い大きなフロアの店は影から襲われる危険もあり、敵も多かった元マル暴の久紀は落ち着かないのだ。このくらいの規模が丁度いい。 「成績は、由利香も想太同様中庸だ。家庭も中庸。適度に放任で、共働きの両親の元、姉と由利香の二人姉妹だ」 「ガサはかけたが、目ぼしいものは出てこなかった。ただ……」  逸彦は、小さなビニール袋を2つカウンターに並べた。中には、チケットの半券が入っている。パソコンで手作りした様な安手のチケットである。ただ単に、派手な色味で『パーティー』と書かれてあるだけで、足跡を辿れる様なヒントは何一つない。 「ああ、移動クラブか」  しかし久紀は、それが何のチケットか、即座に見当がついた様子であった。 「昭和な言い方だな」 「まぁな。勧進元は大抵ヤクザなんだが、最近は組織立っていない連中が開催するケースがある。例えば、同じ学校のドラッグ仲間が、遊びと販促を兼ねて、空き家に不法侵入して数時間だけドラッグパーティやるとか。ルートや集団が確立されていないだけに尻尾が掴みきれないし、通報を受けて駆けつけた時にはもうもぬけの殻だ」 「イタチごっこか」 「今は全部、これで済む時代だからな」  久紀はスマホを片手でひらひらと揺らした。 「で、どうする、深海警部補どの」 「まずはドラッグの成分から辿れる薬品の入手経路と、二人のここ数日の足取りだな。それと警備会社の施錠記録」 「スマホの履歴は」 「それだ。彼らの持ち物からスマホがどうしても出てこない」 「何かさ、嫌な予感がするんだよなぁ……」  久紀がバーボンを煽った。 「やめろよ、お前の勘はよく当たるんだし」 「ああ……由利香だが、性格的には男と学校の屋上でHするようなタイプではなかった様だ。どちらかというと地味で、男子と話すだけでも顔を真っ赤にする大人しい子だったと、同じクラスの子から証言が取れている。姉に話は聞けたか」 「真面目な大学生だよ、姉も。同様のことを言ってたな。しかも、部屋もよく片付いていて、荒れた匂いはしなかった」 「俺も見た。むしろ想太の方が、荒れている感じがした」 「やはりな」  久紀も、被害者二人の部屋は見せてもらっていた。十代の場合、親にも言えない秘密が部屋の中に隠されている場合が多いからだ。 「想太の家も中庸のサラリーマン家庭だ。ただ、母親が最近出ていったらしい。近所の話では不倫か何かで、夫に叩き出されたとか。想太もその頃から夜遅く出歩くことが多くなったと証言が取れている。だが、性格的には決して粗暴だとかヤンチャだとか言うわけじゃない」 「まぁ……お前も夜な夜な年上の女とランデヴーしてても、不良ではなかったもんな」  逸彦の指摘に、久紀がバーボンを吹き出した。 「てめぇ……」 「高校二年生の冬まで、愛に彷徨っていたよねぇ、久紀くんは。まぁ、高校時代も付き合いたい男子1位の座を3年保持した男前だから、女は選り取り見取りでしたでしょうねー」 「そういう逸彦坊っちゃまは、学区内の男子校で抱きたい男子1位を連覇したんだよなぁ……校門出ると、毎日他校の男子に言い寄られてたしなぁ。あの頃はまだ、150センチそこそこの女の子みたいな可愛い男の子だったよなぁ」 「い、言うな! 折角忘れていた黒歴史を! 」 「タッキー(多岐絵)、あのこと知ってんの? 」 「あのことって」 「他校の男子4人に工事現場に引き摺り込まれて乱暴されそうになったところを、この俺様が颯爽と現れて、敵を千切っては投げ千切っては投げ……」 「で、後ろを取られて殴られそうになったところを俺が鉄パイプでぶん殴って助けて、後で雁首並べて、お兄様であらせられる霧生警視正に怒られたことか? 」  ぐっ、と久紀が口の端を引き攣らせるのを、してやったりとばかりに逸彦がニヤリと目を細めた。 「ま、俺達の腐れ縁が始まったのはあの日からだってのは間違いない」 「どうせ俺の事、女遊びのいけすかねぇ奴とか思ってたんだろ」 「当たり。おまえこそ、なよなよしたチビとか思ってたくせに」 「まぁね。よくここまで大きくなったねぇ、逸彦くん」  くしゃくしゃと髪の毛を乱す久紀の手を、逸彦は腹立たしげに払いのけた。 「よせ……とにかくっ! 被害者の死亡時の様子とドラッグとが、二人の素行とあまりマッチしないんだよ」 「要は、違う顔があるってことだよ」 「違う顔、ね」  苦々しい顔をして、久紀が残りのバーボンを煽った。 「……とにかく、ガキ共はこっちで引き受ける」 「ああ。一応、先生達も今洗い出しているところだ。防犯カメラが作動してなかったなんて、今時サルでも言えない様なことを吠えてるからな」 「マジか」 「学長が出したがらない。本当に作動していなかったのか、ヤバイことが映っていたのか。職員名簿、持ってるな」 「勿論。既に内偵に入ってる」 「内偵だと? おいおい」  潜入捜査は、国の一大事でもなければ基本的にはご法度である。ただ、サイバー犯罪など、組織の中に入り込まなくては解らない巧妙かつ複雑な犯罪が増えているだけに、法改正による潜入捜査の容認も、今や避けられない事態となりつつある。が、あくまで仮定の問題で、今現在、特に少年犯罪における潜入捜査が容認されているわけではない。 「大丈夫か」 「あの陽子師匠のお仕込みだぜ。ま、仕上げを御覧じろってか」  丁度そこへ、既に足元がふらついているサラリーマンの3人組が入ってきた。笑顔で出迎えるマスターに目配せをし、久紀は一万円を置いてさっさと出て行ったのであった。 「くそっ、いつまでもいけ好かない奴だ」  手の中で温まってしまったスコッチを、逸彦は飲み干した。        
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!