7.歪み

1/1
116人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

7.歪み

   学園には、捜索令状を手にした深海班の刑事が鑑識班と共に到着していた。  まずは手始めに高校の校舎内の主電源を入れ、佐藤秋雅の理系Aクラスに鑑識班を入れた。  丹念に、秋雅のロッカーや机周りを調べた。 「出ましたね。秋雅のロッカーの底部分から極々微量ですが、大麻の植物片と思われます。後は粉状のものが……すぐに分析に回します」 「よろしく。炙りの道具とか、吸引に使うようなものは何か出てきた? 」 「それは見当たらないですね……部活とかやっていれば、部室のロッカーとか、隠し場所は幾らでもあるんじゃないですか」 「久紀」 「部活に所属している情報はないが……何なら学長室は」 「施錠すれば誰も入れない、か。鑑識さんっ」  逸彦と久紀は学長室へ急いだ。七つ道具を担いだ鑑識班の別の捜査員が後に続く。  警備会社によって、学長室も既に解錠してある。 「片端からやってくれ、遠慮はいらない」  とそこへ、この部屋の持ち主である佐藤雅文が、連行した海老沢を突き飛ばす勢いで腕を振りほどき、部屋に駆け込んできた。 「何の権限があって荒らしているんだ!! 」  逸彦は、名乗らぬまま暫く雅文の目を見ていた。焦って泳ぎまわる視線が、怯えたように一箇所を見た。机だ。それも鍵付きの引き出し。 「机の引き出しの鍵、持っていますよね」 「し、知らん」 「捜索令状、見せましたよね」  逸彦は、ゆっくりと雅文に歩み寄り、鼻先に手を差し出した。 「既に、息子さんのロッカーから大麻片が見つかっています。どれ程の犯罪を庇っているのか知りませんが、私がここにいる以上、事は深刻です」 「深刻、馬鹿な」 「言いませんでした? 私、警視庁の捜査一課の中でも殺人専門なんですよ。そう、これは殺しなんです。あんたの息子は、あんたの大切な教え子を殺したかもしれないんだ」 「父さん、そんなハッタリにむざむざ負けないでよ」  と、大人達を嘲笑うように、秋雅が学長室に入ってきた。  成る程、整った顔立ちをしている。大柄ではないが、頭だけは良さそうだ。度胸もあるのだろう。これだけの警察官を前にしても動じる様子がない。 「事件当日に俺達が持ち帰った証拠の詳細が、ここにきてやっと判明し始めてね。全ての線を辿ると、君に行き着く」  だろ? と顔をかしげると、秋雅は愁眉を開いて口を尖らせた。 「おじさん、詰め、甘くない? 確かに大麻片とか錠剤とか万引きとか、色々出てきているかもだけど、殺人の証拠は? ないよね。てゆうか、あいつらはキメセク楽しんで、オーバードーズしただけでしょ」  四谷署の刑事が、タブレットを久紀に手渡した。  その画面には、矢口と藤間が別々の取調室で供述している様子が映し出されていた。 「初めは俺達が万引きするところを秋雅に見られて……手下になって働けば、退学にはならないようにしてやるって……でも、大学落ちて、仕事もなくて……やっぱり奴の手下しかできなくて……」  二人掛かりで由利香を押さえつけて、スプレーを鼻に突っ込んでクスリを噴霧し、嫌がる口を無理やりこじ開けて錠剤を押し込んだ。暴れる拍子に口から飛んだのが、遺体のそばで見つかったあの錠剤片だろう。  想太にも同じように摂取させ、興奮して陰部が辛くて泣き出した想太を、グッタリしていた由利香に充てがわせ、犯させたと。 「由利香は薬に耐えられずに行為の最中に心不全を起こし、自分が殺したと発狂した想太は、駆け込んだトイレで苦しみ抜いて亡くなった……リアルな話とは思えないほど、残酷だ。陳腐でお粗末な癖に、凄惨にすぎる」 「これ、合成? 」 「いや……あ、画像もあるよな、深海主任どの」 「あるよ。吐き気を禁じ得ないがね」  強気だった秋雅の顔に明らかに焦りが見えた。  切り替わった画像には、屋上で由利香と想太を追い詰めている3人の姿がしっかりと捉えられていた。由利香は、ちゃんとコートを着ていた!  「まさか、ここの防犯カメラからは……」 「そう、確かに死角なんだよ、ここは。君は知っている筈だもんね。けれどさ、君に腹を立てている人間が、屋上で何かやらかす気配を感じてカメラを仕込んでおいたとしたら? 」 「……誰だ、そいつ」  そこへ、菅が美術教師の井上清志を連れてきた。 「井上……」 「そう。井上先生。君、先生がドラッグに興味あると聞いて、錠剤をあげる代わりにカードキーの施錠を頼んだんだって? 出口のカードリーダーの前で先生と話していたのは、君だろ」 「僕だという証拠はあるの? ないくせに」  ぷいと背けた秋雅の顔を、逸彦がぐいっとタブレットの画面へと向けた。 「大人をあんまり甘く見ないほうがいい。妹さんがこのクソみたいな錠剤で植物状態になってしまった先生はね、君を密かに疑っていたようなんだよ」  菅が井上に接触した時、彼が思いつめた表情で見ていたスマホの画面は、妹の写真であった。すぐにウラを取り、菅は井上の妹が入院していることを突き止めたのだった。 「井上のやつ、彼女とヤるのに使いたいって言うから……」 「外国製のオキシトシン、シルデナフィルに大麻片……滅茶苦茶だな。こんなもん、人に飲ませるものじゃない」  逸彦は、小さなビニール袋に入った錠剤を秋雅に投げつけた。 「僕は無関係だって言ってるだろ」 「想太が亡くなったトイレの、あの仕切り壁のひっかき傷、見たか」 「同級生強姦して、罪の意識に悶えたんじゃないですか。理解できません」 「……俺はむしろ、同い年の子が断末魔の声を上げて亡くなっていくのを笑って見ていられるおまえの頭の中身の方が、1ミリも理解できねぇんだよ」  手の甲で、逸彦は秋雅の頰を容赦なく張った。  後ろで項垂れていた父・雅文が、生気をなくした顔を上げ、首に掛けていたチェーンを外した。その先に、小さな鍵が付いていた。 「父さん! 僕を裏切るのか! 」 「……もう、勘弁してくれ。十分に庇っただろう……もう、父さんをこれ以上苦しめないでくれ……」 「煩い! 婿養子のくせに母さんを裏切ったお前など、死ぬまで俺の下僕だ! 」  引き出しを開けると、2台のスマホと、小さなスプレー容器、DVD-Rと、凡そ想像した通りのものが出てきた。 「鑑識さん、お願いします」  すぐに解析に回されることとなった。 「詳しいことは、四谷署でお聞きしましょうかね」  雅文を逸彦が、秋雅を久紀が、それぞれ連行していった。  
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!