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絶望について
僕は絶望しているのだろうか。
そうではないと思う。
これは自論だが、絶望というのは、膝から崩れ落ち、訳も分からぬまま涙を流し、天井を仰いでしまうことだと考えている。
僕のこれは、そうではない。
まあ、ひとりで酒を飲みながら何となく泣いてしまったことはあるし、あの時は絶望していたのだろう。
しかしそれも一時的なものだ。
僕のこの怠惰は、なんというか、虚無だ。
何をしても楽しくないし、生きている感覚が無い。
そう、生きている感覚が無い。これが1番しっくりくる。
生きる、というのは意外と難しい。
物理的な意味ではなく、精神的な意味でだ。
喜びや哀しみ、達成感や挫折感、解放感やストレス、こんな言葉の羅列だけじゃ到底足りない、色んな要素を心に取り込みながら、人は生きている。
それこそ、絶望なんかも、生きる上で重要なスパイスだろう。
僕の心にあるものはなんだろうか。
思いつかない。
あるのは、ただ漠然とした焦燥感と、現実逃避だけだ。
これを生きているというのだろうか。
酒を一口飲む。別に美味い訳ではない。
ただ、考えを曇らせようとしただけだ。
この焦燥感はとても苦しい。焦燥は後悔と結びついてしまう。その後悔は、僕を何かとても嫌な気分にさせる。
素面じゃなくなれば、こういう事を考えずに済む。
ただ、何も考えないで、そこに存在し続けられる。
あぁ、そうか。僕は虚無を求めているんだ。
絶望から逃げたいんだ。自分に向き合うことを阿呆のように恐れている。
すぐそこに絶望はあるんだ。
少し頭を回らせて、過去と今を見つめれば、何度だって絶望出来る。
後悔に苦しむのは何も悪いことじゃないと思う。
むしろそういった痛みは、前に進むための大きな原動力だ。
でも、僕は絶望したくない。
僕は他人よりも多く失った。
本当なら手に入れられたものが多すぎる。
なのに、僕は何もしようとしなかった。
全て僕のせいだ。
全て僕が悪いのは分かっている。
だからこそ、後悔に立ち向かうには、苦しみがあまりに大きすぎる。
何も考えたくないんだ。
社会からも、他者からも、自分からも逃げていたい。
いつか、絶望しなきゃならない日が来るんだろう。
絶望から、逃げることが出来なくなる日が来るんだろう。
その時は、その時こそ僕は前に進めるのだろうか。
それとも、その日が来た時、既に僕は前に進む機会を失っているのだろうか。
その日が、僕が死ぬ日だったら、最悪だな。
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