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それにしても、コイツ…。今日1日空いてるって、貴重な休みだったんじゃないのか。
「あの、本当に良かったんですか?」
「ん?」
「今日、貴重な休みじゃ…。」
膝の上に置いた手を握られ、肩に頭を乗せられた。
「縁くんとこうしていられるなんて、最高の休みだよ。」
髪からヘアワックスのいい香りが漂ってきて、鼻腔から脳に突き抜ける。心臓がドキドキしてきて、出口のとろんとした目に見られた俺は、心臓が口から飛び出しそうになる。
コイツ、32で、オッサンなのに、なんで俺にこんな甘え方すんの?しかも俺、顔熱いし…。
「縁くん耳まで真っ赤だね。」
席の目の前は、木目のカッティングシートが貼られた壁。通路を挟んだ隣の座席シートには誰もいない。
顔が近づいてきて怖くて硬く目を閉じた。
唇に、柔らかい感覚。それにあたたかさ。
「縁くんがかわいいせいだよー。」
出口が顔を離して、目を細めて唇の端を上げた。
つまり今キスされたってことだ。
俺の人生、……終わったあぁああぁあっ!!!
嫌だ!こんなの!こんなのないよ!!!
体が震えて涙が溢れてくる。
「縁くん?大丈夫?」
大丈夫なわけあるかー!!
立木縁20歳。恋人いない歴20年。顔が可愛くて男だと思えないと言われ続け、恋を何度も諦め生きてきた俺は今日、この顔のせいで男にキスされた。どーなってんだよ神様!俺には、ファーストキスの相手さえ選ばせてもらえないのかよ!!
「……ひどい。俺…」
「ん?」
「なんで…」
だいたい、そういう関係じゃないし、これから仕事だし!
「縁くん、初めてだった?」
溢れる涙を止めることもせず睨みつけた。
「……!」
でも堪えろ。コイツは、大事な取材相手だ。嫌いだけど、我慢しろ!
仕事関係なかったら、間違いなくコイツのことギッタギタにシメあげてるんだけどな。俺はこう見えて極真空手三段だったんだよ、舐めんなよ。
「そういう顔もするんだね。かわいい。」
新幹線のインフォメーションが流れる。上野に着いた。上野から東京までは10分とかからず着いてしまう。
「そろそろか。人が多いから迷子にならないように手繋いで歩こうか。」
握られた手はまだ、解放してもらえない。
「縁くん小さいから心配だな。」
「あの、それはだいじょ…」
「多分、大丈夫じゃないと思うよ?」
俺だって、立派な大人だ。迷子になんかなるわけあるか。てか、むしろ、コイツと積極的に離れたい。
『次は東京。お忘れ物のないよう…』車内アナウンスが流れ、乗客が、デッキに向かい始めた。
「久しぶりだなあ。みんな元気かなー。」
出口が楽しそうに伸びをした。
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