③旅行じゃねーよ!

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ロケハンは多岐に渡った。 代々木の専門学校に、青山のサロン、三鷹の老人ホーム…は、下見と事前打ち合わせ。行く先々で出口は歓迎された。そして今は趣味で訪れた場所や、よく来ていた場所などを案内されている。中でも上野の森美術館は好きでよく企画展に足を運んでいたそうだ。だから、パンダだったのかと納得した。 けど 「あの、尺は決まってるんで、こんなに紹介してもらっても…。」 「一緒に行った中からもっとも僕らしいものを選んでくれればいいよ。選択肢は、多い方が良くない?」 まあ、確かに。 「いやあ、楽しかったー。」 パンダを眺めながら、にっこり笑う。笹をハムハムしてるパンダを眺めると、俺もまあ、始まりは最悪だったけど、1日はまあまあ良かったと思える。一応、スマホを向けてパンダの動画を撮った。パンダめっちゃ笹食ってる。すげえ食ってる。食いまくってる。 「縁くん、パンダ好きそうだね。」 「…まあ、かわいい、と思います。」 「ふふ。あ、定時何時なの?」 「今日は8時からだったんで…4時ですね。」 録画を切って、時間を見た。4時だ。これで会社に戻ったら…残業は…。 「上がっちゃえば?直帰させてもらったら?」 「え。」 「今日、会社に返さなきゃならないもの…なさそうじゃない?」 俺は、自分の持ち物を改めて見る。確かに、会社のものは何もない。全部自分の持ち物だ。 「ささっと、管理職の人に連絡してさ。上がっちゃいなよ。残業、45時間とか決まってんでしょ?」 「なんでそんなこと…。」 見上げると 「たまには、早く上がって、息抜きしたら?せっかく遠くまで来たんだし。美味しいものでもゆっくり食べて帰ろうよ。それに頭皮固かったよ?完全にストレス溜まってる。」 そ、それは、ストレスはお前のせいでもあるだろ!! でも、確かに仕事で家帰るの夜中になることもあるし、たまには、早く上がっても良いかな。 「…電話してきます。」 「うん。あ、ゾウのとこで待ってるよ。」 「はい。」 なんでゾウ…?ま、良いけど。 制作部長に電話すると、制作部の日頃の残業の多さに頭を抱えていた部長は 『定時に上がるのは大歓迎だ。気をつけて帰ってきてなー。』なんて、軽く承諾してくれた。これから帰るのには2時間はかかるから、その分のOTが増えるより直帰を許可した方が、心身共にストレスフリーになって良いと思ったんだろう。 俺は、電話を切って、ゾウを見ている出口のそばに戻った。 「どうだった?」 「はい、仕事終わりました。」 あ、仕事終わったし、ここからは別行動でも良いんじゃね? 「今日は一日、ありがとうございました。」 そう言って、頭を下げ、その場を去ろうとしたが 「じゃ、僕に付き合ってよ。」 腕を掴まれ 「え。」 力で引き寄せられた。 「ご飯くらい行こう。お腹減ってるよね?」 ご飯くらい。 まあ、ご飯くらいなら。 「はい。じゃあ。」 ずっと、腕を掴まれている。まるで逃げないように。で、出口が歩き出す。俺も引っ張られるように歩く。 「出口さん?」 俺を見下ろす顔は、優しい笑顔で 「今日のこと楽しい日帰り旅行だったねー。って、いつか振り返って話す日が来ると思うんだよな。」 だから、旅行じゃないし!いつか振り返る日なんか来るもんか! 「ご飯食べたら、帰りますよ。俺。」 「わかってるよー。」 それでも出口との距離は、少しずつ縮まって行った。
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