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⑥立木家
全国極真空手道選手権大会 福島予選大会。
今日の仕事場は道着の人たちのたくさんいる体育館だ。「押忍!」の掛け声があちこちから聞こえてくる。この大会は収録して次の週に放送する。年1回の特番だ。
試合のコートが4面。試合会場のカメラは5台。1台は客席に固定して、4台で試合を追う。全試合撮影するわけじゃない。1回戦は注目選手を中心に。勝ち上がればそれを追いかけ、準決勝、決勝はきっちり撮る。
選手や運営スタッフの邪魔にならないように、収録の準備をする。ケーブルを運んで、カメラから収録用の機材がある部屋までそれを引いていく。
コート脇にケーブルを持っていくと
「立木、シズ持ってきて。」
小田さんが照明をセットしながら言った。
「はい。」
シズはオモリの事。マイクスタンドや、照明のスタンドが倒れないようにオモリを使う必要がある。
シズを持っていくと小田さんに「そこ乗せといて」って照明スタンドを指差しながら言われた。指示通りにシズを置いた。
それからケーブルを引いていく。
「縁。」
聞き覚えのある声に振り向いた。
「やっぱそうだ。」
2番目の兄の立木然がそこにいた。立木道場は毎年この予選大会で団体戦で優勝し、全国大会で3位以内に入っている。
「久しぶりだな。」
「…。どうも。」
別に兄が嫌いなわけではないが、仕事中というのもあり他人行儀になってしまう。道場のジャージを着た然は、立派に見えた。
「仕事、がんばってるか?」
今、そのがんばってる瞬間です。
「まあ、うん。」
「俺な、今年、団体戦の主将なんだ。」
たしか、パンフレットに書いてあったな、と、記憶を辿った。長男の千里は、団体戦は出ず個人戦に絞っていた。三男の朱里は団体戦では副将だ。
「そう。」
俺も父を殴らなければ今頃そっち側にいたのかもしれない。
「なあ、なんかないのかよ?」
困ったような顔をされた。俺は仕事の続きをさせて欲しい。この場合、正解は…。
「がんばって。にーちゃん。」
薄く微笑んで見せた。
「おう、ありがとな!縁もがんばれよ。」
肩をポンっと叩かれた。
「うん。」
然が、更衣室の方へ歩んでいった。その姿を見送ると負の感情が押し寄せてきた。
めんっっっどくせーーーー!!!どーでもいっつの!まじで!!だからなんだよ!はあ?いっそぼっこぼこに負けやがれ!!
ケーブルを引きながら怒りで頭がいっぱいになってく。こんなことはよくない事だとわかっている。
兄たちには、空手道という立派な誇れるものがある。相撲の大波三兄弟のように立木三兄弟と言われて、昔から注目されてきた輝かしい経歴がある。なんだかんだ立派でカッコいいのだ。文武両道。心、技、体その全てが備わっている。
俺には誇れるものは何もない。かっこ悪い。テレビ番組制作会社の新人アシスタントなんて何者でもないのだ。言われたことを粛々とやって、始まったら終わる収録のために準備する。収録中はカメラのケーブル持ってカメアシするだけ。俺なんかそんなもんなんだ。
会場のケーブルを引き終わって、放送席のネームプレートを並べる。“実況 TViFアナウンサー 赤堀歩” “解説 極真空手立木道場師範 立木道三”
「……。」
俺が中3の時に道場でぶん殴った父親だ。
ペットボトルのラベルを剥がして、実況席と解説席に置いた。
ヘッドセットも席に並べた。
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