⑥立木家

1/5
前へ
/153ページ
次へ

⑥立木家

全国極真空手道選手権大会 福島予選大会。 今日の仕事場は道着の人たちのたくさんいる体育館だ。「押忍!」の掛け声があちこちから聞こえてくる。この大会は収録して次の週に放送する。年1回の特番だ。 試合のコートが4面。試合会場のカメラは5台。1台は客席に固定して、4台で試合を追う。全試合撮影するわけじゃない。1回戦は注目選手を中心に。勝ち上がればそれを追いかけ、準決勝、決勝はきっちり撮る。 選手や運営スタッフの邪魔にならないように、収録の準備をする。ケーブルを運んで、カメラから収録用の機材がある部屋までそれを引いていく。 コート脇にケーブルを持っていくと 「立木、シズ持ってきて。」 小田さんが照明をセットしながら言った。 「はい。」 シズはオモリの事。マイクスタンドや、照明のスタンドが倒れないようにオモリを使う必要がある。 シズを持っていくと小田さんに「そこ乗せといて」って照明スタンドを指差しながら言われた。指示通りにシズを置いた。 それからケーブルを引いていく。 「縁。」 聞き覚えのある声に振り向いた。 「やっぱそうだ。」 2番目の兄の立木然(たちきしかり)がそこにいた。立木道場は毎年この予選大会で団体戦で優勝し、全国大会で3位以内に入っている。 「久しぶりだな。」 「…。どうも。」 別に兄が嫌いなわけではないが、仕事中というのもあり他人行儀になってしまう。道場のジャージを着た然は、立派に見えた。 「仕事、がんばってるか?」 今、そのがんばってる瞬間です。 「まあ、うん。」 「俺な、今年、団体戦の主将なんだ。」 たしか、パンフレットに書いてあったな、と、記憶を辿った。長男の千里(せんり)は、団体戦は出ず個人戦に絞っていた。三男の朱里(しゅり)は団体戦では副将だ。 「そう。」 俺も父を殴らなければ今頃にいたのかもしれない。 「なあ、なんかないのかよ?」 困ったような顔をされた。俺は仕事の続きをさせて欲しい。この場合、正解は…。 「がんばって。にーちゃん。」 薄く微笑んで見せた。 「おう、ありがとな!縁もがんばれよ。」 肩をポンっと叩かれた。 「うん。」 然が、更衣室の方へ歩んでいった。その姿を見送ると負の感情が押し寄せてきた。 めんっっっどくせーーーー!!!どーでもいっつの!まじで!!だからなんだよ!はあ?いっそぼっこぼこに負けやがれ!! ケーブルを引きながら怒りで頭がいっぱいになってく。こんなことはよくない事だとわかっている。 兄たちには、空手道という立派な誇れるものがある。相撲の大波三兄弟のように立木三兄弟と言われて、昔から注目されてきた輝かしい経歴がある。なんだかんだ立派でカッコいいのだ。文武両道。心、技、体その全てが備わっている。 俺には誇れるものは何もない。かっこ悪い。テレビ番組制作会社の新人アシスタントなんて何者でもないのだ。言われたことを粛々とやって、始まったら終わる収録のために準備する。収録中はカメラのケーブル持ってカメアシするだけ。俺なんかそんなもんなんだ。 会場のケーブルを引き終わって、放送席のネームプレートを並べる。“実況 TViFアナウンサー 赤堀歩” “解説 極真空手立木道場師範 立木道三(たちきどうざん)” 「……。」 俺が中3の時に道場でぶん殴った父親だ。 ペットボトルのラベルを剥がして、実況席と解説席に置いた。 ヘッドセットも席に並べた。
/153ページ

最初のコメントを投稿しよう!

81人が本棚に入れています
本棚に追加