⑥立木家

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台本は渡されているはずだが、予備で2部置いておく。 「立木、画角(サイズ)確認するから、先生の席座って。」 放送席のカメラは3台だった。カメラは色温度を合わせた後、1台ずつ画角を決める。 「はい。」 赤堀アナウンサーも放送席に入って来て隣に座った。 「よろしくお願いします。」 と、頭を下げてくる。こんな下っ端の俺に。俺もよろしくお願いしますと頭を下げた。 「さっき控室で立木先生に会ったんだけどさ。」 赤堀アナウンサーは、俺より3年先輩だ。 「立木くんのお父さんなんだってね?ビックリしたよ。」 「ああ、はい。」 勘当同然の俺のこと、父が赤堀さんと話してたんだ。…今更、なんだろう。 「空手やってるの?」 「いえ。」 「なんでやんなかったの?」 「性分じゃないので」 「えー、もったいなー。」 カメラマンが首を傾げている。 「立木ごめん。立木じゃ、ちょっと背が足んねーや。子どもが座ってるみたいだ。」 カメラの周りのスタッフが「子どもって」と言いながら笑っていた。 「あ、はい。」 「悪いな。身長ハラスメントとか言うなよ。」 「あ、はい。」 俺が立ち上がると、笑っていたスタッフが交代して座った。別になんてことない。 道場破門になって、しばらく父にとって俺はいないもの扱いだったし。それに比べたら別に。笑われるくらい我慢できるよな。 それより、どんな画角に収めてるのか。そういうのを勉強しないと。 カメラマンの後ろに回り込んで、カメラの液晶に映る映像を覗き込んだ。真ん中のカメラは、人が2人入る2ショット。テーブルまで入る広めの画角。 その両脇のカメラの1人だけ入る1ショットは、胸から上のバストサイズ。目線が開くように右寄りにしたり左寄りにしたり。 なるほどと思いながら盗み見しながら、緊急のカンペ用の真っさらなスケッチブックを置いておいた。 「おはようございます」 「よろしくお願いします」 と声が聞こえてそちらを見ると父がいた。相変わらずがっしりしていて威厳がある。濃紺のスーツ。ブレザーの襟に極真空手連盟のバッジをつけている。ネクタイは無地の赤だった。勝負ネクタイだ。ワイシャツはパリッとした白。整えられた髪は黒く表情からは自信を感じる。 その場から、離れようと、父と目が合わないよう、下を向きながら、通路である父の横を通る。 試合中の俺の持ち場は、試合会場の小田さんのカメラ周り。だから、放送席には、もう用がない。 だが、やはり気になって、父をチラリと見るが、父は俺のことなどお構いなしに、赤堀アナウンサーと、打ち合わせをしていた。
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