⑥立木家

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小田さんのカメラについた。試合は組手の個人戦から始まった。 「しびれんなー。」 小田さんは試合が終わるたびにそう言って終始楽しそうだった。何せ、大人も子どももフルコンタクト。中学生までは防具をつけているが、その拳や足は相手の体を的確に打っていく。 怖くても前へ。前へ。攻めは最大の防御。そう兄から教えられて切磋琢磨していた頃が懐かしい。 組手個人戦一般男子の部。重量級1回戦第8試合。立木家長男ボスゴリラ 千里の登場。 試合中の千里からはやはり目が離せなくなる。圧倒的存在感。技の的確さ。相手に隙を与えず攻め通して急所を捉えて打ちのめす。その鮮やかさに会場が沸いている。俺は家族なのに素直に応援できない。1回戦くらい勝つのはわかりきった結果なのだ。 ケーブルを手に、佇んで千里の戦いぶりを見ていた。インカムからは赤堀アナウンサーの実況と父の解説が聞こえている。父の解説が鼻につく。そんな誰でも言えるようなことばっか言ってんなよって。 昔は父にも兄たちにも素直に憧れてたのに。やっぱもう、俺、家族にさえ素直になれないんだ。 当然のことながら、千里は1回戦を勝ち上がって、準決勝、決勝とトーナメント戦の頂へ駆け上がる。向かう所敵無し。その言葉そのままな千里。決勝戦は、名門二瓶道場のツキノワグマと呼ばれる、山嵐東吾(やまあらしとうご)齢40歳との真剣勝負となった。 俺は、中3の時、このツキノワグマの息子アライグマの(あずま)から鳩尾に蹴りを喰らって意識を失った。それをくどくど父に説教されムカついた。 家族と自分の間に線を引いたのは俺。あの時、ちょっと我慢できれば。父に殴りかかったりせず、悔しさをバネにしてもっと研鑽を積んで、兄たちみたいにやってれば、今と立場も感情も違ったかもしれない。 気づけば、兄の試合を見ている自分がいる。 山嵐の上段蹴りが、千里の首元に入るのが見えた。受け身を取り損ねたようだった。けれど倒れ込みはせず、耐えている。 子どものころ憧れていた千里が負けるところはやはり見たくはない。 …勝てよな、ボスゴリラ。 長男千里は、俺と10歳離れてる。俺が空手を始めたのが6歳だった。千里は高校生で、俺には優しくて。正拳突きから型を教えてくれた。好奇心から組み手をやりたがっていた俺を快く受け入れてくれた。 『来い、縁』 ミットを俺に向けて俺を迎え入れてくれる。何度も言われた優しい言葉だった。 今、そんなこと言ってくれる人はいない。 って、ずっと思ってた。
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