⑥立木家

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目の前で戦う千里と山嵐。 千里が上段突きから、中段突き、下段蹴りに、裏回し蹴りで山嵐を攻めたてる。反撃を狙う山嵐は、ワンツーを入れようとする。千里はそれをかわし、胴回し回転蹴り 「うわ、決まった!」 小田さんがビューファーを見ながら思わず言った。山嵐が倒れ込んだ。 音声はカメラマイクは使っていないから、小田さんの声は、収録されない。 審判が、千里の色の旗をあげて試合が終わった。 千里が山嵐に手を差し出して、山嵐を起こした。 道に生きる者は心根が優しい。 千里がチラッとこちらを見る。 目があった。そんな気がした。でも、すぐに目を逸らされた。 別に、俺なんか視界に入ろうが、今更、笑ってくれたりなんかしないよな。 「立木、次なんだっけ?」 小田さんが、カメラを三脚から外しながら言った。 「組手団体戦一般男子です。」 「次まで何分ある?」 「20分です。」 「ちょっと、たばこ行ってくるわ。カメラ見といて。」 「あ、はい。」 ENGのデカいカメラは、報道用。壊したら責任取れないから緊張しながら見張る。 「あー、やっぱりか。」 後ろから声がした。 「幻の四男。立木家の暴れ猫。」 聞き覚えのあるあまり思い出したくない声。 コイツも選手だ。会うかもしれないとは思ってた。 「相変わらず、女みたいな顔してんな。猫ちゃん。かぁわいいねー。」 5年ぶりに嫌味ったらしい声を聞いた。ツキノワグマの山嵐東吾の息子、アライグマの東。 仕事中だから、言い返したいのをグッと堪える。 それにカメラになんかされたら堪らない。ま、東も一応、大人だし、仕事の邪魔はしないだろうけど。 「まさか猫ちゃん、テレビ局で働いてんの?」 その“猫ちゃん”てのやめろ。 「…まあ、うん。」 「カメラマン?」 「違うけど。」 「え?何やってる人?」 何って。…雑用全般だけど。新人なんてだいたいどこの業界も雑用係だろ。 「今、休憩なの?」 相変わらずめんどくさいヤツだ。なんだかんだ誰かに構ってほしい厨二病め。 「今、すげー働いてる。」 「は?座ってるじゃん。」 「……見張り。…してる。」 カメラをじっと見た。 「立木家追い出されて、行くとこなくてテレビ局で働いてんの?テレビって終わってるコンテンツのくせに残業すごくてブラックなんだろ?」 は?今なんつった?かっこいい先輩たちの仕事に今テメェなんつった?終わってる?はあ? 拳を握りしめる。 いや、ダメだ堪えろ。仕事中だ。深呼吸しろ。怒るな。 「ブラックなテレビ局はパパのコネで入ったの?」 コネ?確かに、この空手大会の番組枠は立木道場が買ったものだし、立木道場は夕方の帯番組のスポンサーだけど。俺が勤めてんのは制作会社だし、ハロワで見つけて俺がやりたくて就いた仕事だ。一斎、父・道三の力は使ってない。 「結局はお坊ちゃんなんだよね?縁ちゃんは。」 落ちぶれても? 頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。堪えろ。キレるな。 「東ー。団体戦集合だー。」 目の前にツキノワグマが現れた。デケー。こんなデカいヤツに千里は勝ったのかよ。 「お邪魔したね。」 アライグマはツキノワグマに摘まれて集合場所へ消えていった。 それにしても助かった。ブチ切れなくて済んだ。 団体戦は…然が主将。朱里が副将。どうせ、立木道場が優勝だよ。あのゴリラたちが負けるなんて考えられないし。
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