⑦何者でもない

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フルフラットになる洗髪台。頭を洗ってもらうとやっぱり眠くなる。瞼がくっつくのを我慢できない。 指の動きが、めちゃめちゃ気持ちいい。頭皮をゆっくりほぐしてくれながら、洗ってるようだ。 「縁くん、車持ってないの?」 「…え?」 「いつも歩きだよね?」 「あ、……はい。」 もう、返事もままならない。寝そう。 「免許は持ってるの?」 「…はい。」 「ふーん。」 シャワーで、泡を流される。終わりか。もう少しこのままでいたかったな。 目元にホットタオルを置かれた。ボトルをプッシュする音がする。 「ちょっと寝たら?トリートメントするから。」 慌てて、タオルを外した。 「そんな!寝たらあんた、俺を連れて帰るだろ!?」 「それって、連れて帰ってほしいってコト?」 「ちーかわの真似すんな!」 「ハチワレだよー。」 「どっちでもいい!」 顔を覗き込まれる。近い。顔が近い。 「ふふ。そんな警戒しなくていいのに。」 「あんた知らねーのか。世の中には、2度あることは3度あるって言葉があって」 髪にトリートメントをつけられた。 「なるほど、3度目を期待してるわけね。」 「するかー!」 「安心して。」 「できるか!」 「僕、待てるよ。」 言葉の意味がわからない。 「縁くんが、僕にして欲しくて堪らなくなるってわかってるから。大丈夫。」 なんだコイツーーー!!? トリートメントが浸透するまでタオルを巻いて放置された。なんか、手持ち無沙汰な気分になる。 「今日、いつもと違うね。縁くん。」 「え?」 「僕は楽しいけど。」 「同じだけど。」 「全然違うよ。」 タオルの上から頭を揉まれた。 「なんていうか、よく喋るよね。」 黙れってことか。ならわかった。もう喋らない。 「嫌なことあったけど、テンション上げて、自分を誤魔化してるって感じかなー。」 「…別に、そんなんじゃ。」 あっさり喋ってしまった。 タオルを外して、トリートメントをシャワーで流された。乾いたタオルで頭を拭かれて、椅子が自動で起き上がる。 「お疲れ様でした。髪乾かすのでこちらにどうぞー。」 いつもの柔らかい口調に促される。 施術台であまりうるさくないドライヤーの風を当てられた。 「やっぱり前髪、もう少し切ろうよ。」 「嫌だ。」 「うーん。頑ななんだね。でもなー。自信なさげに見えるんだよなあ。この感じー。」 髪全体を乾かしてドライヤーのスイッチを切る。 うざったいほどの前髪を少し分けられた。 「まあ、切りたくなったら言ってね。」 良いんだよ、顔見せたくないんだから。 てか、自信なんか俺のどこから引っ張り出せっつーんだよ。 「どうせ、わかんないよ。あんたみたいにポジティブの向こう側にいる人には。」 思わず、言ってしまった。流石に悪口かもしれない。でも、出口は余裕の顔してて。 「お?厨二病か?いいねー。まあ、男はずっと中2だからね。」 「はあ?」 「やっぱりなんかあったんじゃない?言っちゃえよ。解決しなくても愚痴のひとつやふたつ聞く耳持ってるよー僕はー。」 「うるせえ、黙れ!」 立ち上がって、思わず出口の胸ぐらを掴んでしまった。 だってムカつくじゃねーか。いい気になりやがって、ズカズカ俺のテリトリーに入ってこようとしやがる。
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