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話は遡って今朝。
新幹線のホームからロケが始まった。嶋佐さんのロケ台本に“もうひとつのルーツ”という項目があり、それは、出口が18歳から29歳まで過ごした東京のことだった。
新幹線を待つ間、福島駅の誰もいない14番線のホームで、
「まー、若気の至りですよねー。結局、田舎者だから僕。なんか東京行ったら何者かになれるんじゃないかなーって。まあ、美容師にはなろうと思ってはいたんですけど。」
出口は、嶋佐さんが何気なく回すHDハンディカムを向けられて話していた。
「どんな美容師になりたかったんですか?」
俺は映り込まないように、機材のそばに立っていて、小田さんはホームの喫煙所でタバコを吸っていた。
「恥ずかしいんですけど……その質問。」
出口は顔をくしゃくしゃにして嶋佐さんを見ていた。カメラ目線じゃない方が画的に良いことも知ってる感じがなんかムカつく。イケメンぶりやがって。
「どんな美容師に?」
「いや、本当、バカな答えなんですけど…“有名な美容師”です。ははは。恥ずかしいよねー。」
満面の笑みだ。営業スマイルか?は?
「ありがとうございます。使わせてもらいますね。」
「えー。いや本当恥ずかしいなー。顔熱くなってきた。」
「いや、若い時ってそういう時期ありますからね。」
「え?嶋佐さんも、そんな時期ありました?」
「どうですかねー。」
アイツは、嶋佐さんと年が近い。だから、2人がちょっといい雰囲気にも見える。ムカつく。
「あ、新幹線入ってくるタイミングでちゃんとしたカメラでロングサイズで撮るんでそのままいてください。」
「はいはーい。」
俺はやりとりを聞いて、三脚をケースから出した。嶋佐さんが機材を置いてる場所に戻ってきた。
「あ、サンキュー立木。」
「でも。肝心なカメラマンが…。」
喫煙所の方を見て嶋佐さんがため息をついた。
「しょーがないねー、あのおじさんは。あと、10分くらいで新幹線来るっつーの。ねえ?」
「…はい。」
遠征用のカメラと三脚は、空手の時のカメラより全然コンパクトだ。軽量で質がいい。カメラはなんと8K放送対応の撮影ができる。3300万画素だ。が。局にある編集機材が対応していないため、結局いつもと同じ映像に設定している。
カメラをケースから出して準備だけしておく。小田さんがきて、カメラを持った。
「立木、あと何分?」
ホームの時計を確認するとあと5分くらいで新幹線が来そうだ。
「5分です。」
「三脚持って来て。」
「はい。」
出口がチラッとこっちを見た。目が合うと、ニコッと笑う。俺は仕事中にアイツとあまり喋らないことにしている。
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