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新幹線でも、俺は小田さんの横に座っていた。
「で?最初行くのは?」
「代々木の専門学校です。」
「代々木な。」
「東京駅から中央総武線です。」
「知ってるよ。」
小田さんはタバコが吸えないイライラを俺にぶつけてくるようだった。
「次は?」
「青山のサロンです。」
「おしゃだな。お前、その服で良いのか?もうちょっとよー。」
俺はいつもの無地の黒Tシャツと黒いワイドパンツで来ていた。
「…仕事着です。」
「わかってるけどさー。」
「クロコなので。」
「でもよお。シャツにするとか、ポロシャツにするとかあるだろうよ。」
「…盲点でした。」
「髪も、青山で切ってもらったら?なんかうざってえよなー。立木の髪。」
「それ、ハラスメントですよ。」
「でたー、令和ー。」
通路を挟んだ隣の席に、嶋佐さんと出口が座っている。通路側にいる俺はなんとなく、出口の視線は目の端で捉えていた。
あんまり見ないでほしい。
「ねー、出口さん、コイツの前髪、なんとかならないんですかねー。」
小田さんが急に出口に話を振った。
空手大会の番組収録があった日の帰り道、足が勝手に出口の店に向かったあの時、帰り際、唇を重ねられたことを思い出した。
「うちに来てもらえればいつでもイメチェンできますよ。」
「ほら、立木。やってもらえ。」
思わず出口を睨んだ。出口は仕方ないように笑う。
「……嫌です。」
「うわー。令和ー。多様性ー。みんな違ってみんないいってかー。」
昭和生まれの平成育ちの小田さんは時々うざい。
でも平成生まれZ世代の俺は別に小田さんは嫌いじゃない。先輩の中で1番俺に話しかけてくれるし。
「んで、今日の最後は?」
「三鷹の老人ホームです。」
「遠いな。青山からだろー?」
「……。俺のせいじゃありません。」
「はーあ?」
目の端で出口が噴き出すのが見えた。思わず出口を睨みつけた。出口が“ごめん”と言うように手で合図して来た。
「立木さんは、全部頭に入ってるんですね。」
出口が嶋佐さんに小さい声で言った。
“立木さん”なんて、他人行儀もいいとこ…他人か。
「ロケハン、立木に任せたんで。スケジュールもだいたいは立木に決めさせました。」
「えー。すごいじゃないですか。」
「まあ、まだ、入社間もないんですけど…」
「へー。」
なんだよ、やめろよ。白々しく感心したふりしやがって。
「褒められたなー、立木ー。」
小田さんはニヤニヤと俺を囃し立てる。
別に、出口に褒められようが、芝居だろってそう思う。俺を持ち上げたところで一銭の価値もないんだからな。
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