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代々木の専門学校は、駅のホームから校舎が見える。高野美容理容専門学校。生徒達は独特なユニフォームを来ている。白半分黒半分みたいな。ここに出口は2年間通っていたのだ。
「立木ーライトこことそっちに立てよー。」
校舎の1室。小田さんが位置を決めて、ライトを用意する。
今日、出口がここで講師をする。番組のためではなく、元々あった出口の仕事だ。この学校では卒業生がゲスト講師をするのは珍しくはないらしい。出口は、年に2度前期と後期の1回ずつ授業を受け持っていた。
ライトは2発。人物に当てつつ、影は出ないようにする。LEDライトの割に機能は抜群だ。
「立木、教壇に立ってみ?」
俺は、空手番組の収録で小田さんじゃないカメラマンに子どもみたいだと言われたことを思い出し、たまたまホワイトボードの下にあった20センチくらいの高さの幼稚園にあるような椅子を拝借して教壇の後ろに置きそれに乗った。
「お前、わかってんだな。自分がチビだって。」
「…ハラスメントですよ。総務に言います。」
「お前最近お喋りだよな。」
小田さんがライトを調整しながら言う。
「本当は、お喋りなのか?今までが猫かぶってただけだったりして。」
自分では気付いていなかった。
「心境の変化か?」
「……。」
心当たりがあるとすれば…。
「え?これもハラスメントか?」
「はい。」
「なんにも話せないじゃん。どうなってんだよ、令和。」
「…冗談です。」
「笑えねーよ!」
俺は、空手をやめてからなんの自信もなくなって自分なんかが、人に合わせて喋るのさえも失礼なんじゃないかって思うようになっていった。
初めから自己肯定感が低かったわけではない。ただつまらない人間である自分がしゃしゃり出たところで何ができるというのかと、少しずつ自分をないものにできたらと思うようになっていったのだ。
ここにこれから来る“生徒”はみんな、何者かになろうと突き出た個性をむき出しに髪の色を明るくしたり緑にしたり、青やピンクにしたり、向こう側が見えるくらいの土管のようなピアス穴を開けていたり、耳には飽き足らず、口や眉そして鼻にもピアスをつけ、眉毛もあるかないかわからない……そんな自己表現と自己プロディースに長けたヤツらなんだろう。下見の時に見たのは、刈り上げがペイズリー柄になった赤頭の個性丸出しの生徒が1人。毛先が虹色になった金髪ボブの生徒1人。自己肯定感が高いのだ。美容専門学校なんてそんなヤツらの集まりなんだろうし。
俺とは正反対。出口がポジティブの向こう側で余裕な顔して笑ってる理由がわかる。
机には、いくつか生徒の練習用であろう“頭”が無造作に置いてあった。
「授業って何すんの?」
「アレを切るんじゃないですか?」
俺が指差したのは五松人形のように前髪を眉の付近で真っ直ぐに切り揃えられた黒髪の顔が能面の小面にされた“頭”だった。
「よりによって怖いの選ぶなよ。」
「個性って狂気ですよね。」
「発言がサイコパスなんだよお前。」
俺は別に美容専門学校の生徒をディスっているわけではないので許してほしい。
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