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青山のサロンは、お客さんのあまりいない時間に店長さんに会いに行き、下積み時代を振り返ったり。
店長さんは、出口に雰囲気が似ていた。2人にはピンマイクを付けて音を拾った。ガンマイクは使わないため俺は、邪魔にならないところに立ち、撮影の様子を見ていた。
動画コンテンツの恋愛バラエティ番組に出たのはスタイリストになりたての頃。その番組のスタッフがお客さんだったから出るようになったと。LGBTQだから、恋愛ショーにならないと話したら、相談役で出ることになったらしい。告白する女の子の髪を切ったりセットしたりする中で、自分のカットで女の子が自信を持つのを見て、美容師としての自分の立ち位置を見つけたそうだ。
「出口はカミングアウトするの割と早かったよね。あの頃はまださ、世間的にはジェンダーフリーって考え方が浸透してなかったけど。」
「環境かなー。お客さんでもそういう人多かったしさ。」
出口の恋愛対象は男だ。男性である自分のまま、男性が好き。それに気付いたのは高校生の頃だった。性的弱者に対してあまり抵抗のない業界に身を置こうと考え、手先も器用であった出口はテレビで美容師が女性や男性をイメチェンさせるコーナーを見て美容師を目指したそうだ。
「でも、あっさり受け入れられた時は……まあ、驚いたけど、腑に落ちた。美容、ファッションの業界はジェンダーフリーな考え方の浸透は早かったから抵抗ないんだなって。」
アイツなりの葛藤は、あったってことなのか。
「出口、今はいんの?そういう相手。」
話の展開が早くてついていけないが、いつの間にか恋愛トークになっていたらしい。
「え、今は…。」
俺は思わず出口を見た。出口は、店長さんと楽しそうに笑う。
「ここだけの話、狙ってる子はいる。」
「その感じだと、なかなかって感じ?追いかけるの好きだよな、出口は。」
「まあ、きっと好きになってもらえるけどね。」
出口と目が合った。睨みつけた。
いや、あんたのことなんか好きにならないからな!俺は恋愛しないんだから!
「へえ…。」
店長さんも俺をチラッと見た。
「難しそ。」
小田さんはカメラを回し続けている。出口は、ふふッと笑い出した。
「……なんか恥ずかしいね、だめだ。ここはカットでお願いしまーす。」
出口がおどけてカメラ目線で言った。
「いや、使ってくださーい。」
店長さんもおどけながらカメラ目線で言っていた。
サロンでの撮影を終えて三鷹の老人ホームに向かう。流石にずっとカメラバッグを背負ってライトとブームを持って歩いているのは疲れる。カメラと三脚、自分の荷物を持った小田さんは嶋佐さんと打ち合わせしながら先へ先へ行ってしまう。
あの2人は、意外と足が速いんだなと感心する。嶋佐さんなんてヒール履いてるのに。
と、不意に背負っている荷物が軽くなるように思った。後ろを見るとゆるふわパーマのくすみベージュの髪が見えた。
「……あ。」
「重そうですね。」
バッグを下から支えてくれて、気を遣って敬語を使ってくれているのを優しく感じた。
「…ありがとう、ございます。」
「次が終わったら、今日は終わりですよね。」
「はい。」
「もう少しです。」
「はい。」
コイツ、本当、めちゃくちゃ良い人なんだ。
三鷹の老人ホームは、訪問型の美容師をやろうと思いたって研修に来ていた場所。高校のバスケ部時代の友だちがALSになったのがコイツが28歳の頃。久しぶりに会った時に、めちゃめちゃダサくなっていてなんとかしてあげたいとそう思って訪問できる美容師を目指し、ヘルパー二級の資格をとった。その研修場所がここだった。
そんな話をしながらの、撮影を終えて、夜ご飯を食べたあと、みんなで宿泊先のホテルに向かい、
事件が起きた。
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