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小田さんが、俺に謝るのは珍しい。
遠征ロケで小田さんに部屋を追い出された翌日、小田さんは俺が組んだ少し無茶なスケジュールに舌打ちをし、必要最低限しか口を聞いてくれなかった。だから、本当に嫌われたんだとそう思っていた。
「…俺、すみませんでした。ロケの前にもう一度確認すれば良かったですよね。あの」
「いや、俺が悪かったよ。」
俺が悪い、俺が悪いの押し問答になるのもなんだから、押し黙った。で、漬物を口に入れた。噛むと意外とポリポリ音がしてしまう。
「おーい!普通、このタイミングで漬物食うか?」
小田さんは、声が大きい。
「食わないよな!?」
周りのお客さんがこちらを見てる。
「…まあ、…はい。」
小田さんがメガネを直した。俺は、なおも漬物を口に入れた。時間もないし。食べ切りたいし。意外と美味しい漬物なので。
「だから!」
口の中の漬物を水で流し込んだ。
「あの、1個聞いて良いですか?」
「なんだよ?」
聞くのが怖い。でも、聞かないといけない気がする。
「……小田さん、俺のこと本当は嫌いですよね。ほら、俺、暗いし。」
もうどうせ、答えはわかっているし、キャベツを口に入れて、アジフライを齧って咀嚼した。
小田さんも、紅生姜まみれの牛どんをかき込んでいる。それをお茶で流し込んで。
「嫌いじゃないよ。俺はお前のこと。」
口の周りを紙ナプキンで拭く。
「真面目だし。物覚えも悪くないし、性格は暗いけど、話せば喋るし。」
俺は黙って、食べ続ける。
「だいたいさ。嫌いなヤツは飯に誘わないだろ。」
俺も定食を食べ終わって、口の周りを紙ナプキンで拭いた。
「部屋から追い出したの、本当に悪かった。」
テーブルに頭がつくぐらい深々と頭を下げる小田さん。
「一生忘れません。」
俺はあの夜、出口の部屋でキスをされたその後、半泣きでアイツの胸を突き返した。
それでもアイツは俺を好きだとそう言って、抱きしめてきた。その匂いと体温で俺はおかしくなりそうだった。どうしようもなくアイツが欲しくなりそうで自分が信じられなくて認めたくなくてただただ耐えていた。ちゃんと好きじゃないのにそうなりたいなんて思うのは都合が良すぎるし。
小田さんに追い出されて俺はアイツが見せた優しさと裏切りとしつこさを味わって、その後のロケはずっと集中できず、ただ荷物を運んで小田さんに言われるままに動いて、撮影以外は空気人形の如くふわふわして感情も意思もなくしていた。
だから、あの日、俺は俺で周りに対して失礼な態度をとっていたのだ。社会人としてあるまじき行動だった。
「やっぱ、許せないよな。とんだパワハラだ。総務に言ってくれ。異動になっても減給になってもしょうがないよな。普段からのお前に対する言動も反省するよ。」
小田さんは心根は優しくて、俺はこの人がいなかったら職場に完全に馴染めないでいただろう。
「あの、小田さん。」
「ん?」
小田さんの顔を見ると眉毛が下がっている。こんな自信のない顔見たの初めてだ。
「遠征先のホテルで小田さんに追い出されたことは、俺のテッパンのすべらない話にしようと思います。」
俺は、小田さんを安心させようと、笑顔になって見せた。
「俺に後輩ができたら笑って話します。」
小田さんは、少し驚いたらしく口を半開きする。
「俺、お前笑ったの初めて見た。」
その顔がおかしくて。
「俺だって笑いますよ。」
ふふっと声を出して笑った。
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