⑨許せないままでも

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制作フロアで、生放送用のカンペを作る。 出口特番のロケも仕込みもない日は、夕方の生放送番組のアシスタントに加わる。相変わらずコロナが蔓延していて、とうとう夕方の帯番組チームは3分の1が罹患者になってしまった。 「人がいない!人がいない!」 局側の制作部長は頭を両手で抱えて譫言のように言う。 「なんか、呪文みたいだよね。」 嶋佐さんが、俺にしか聞こえないように言ってきた。嶋佐さんも夕方の生放送にオンエアディレクターで入ることになったのだ。オンエアディレクターは、番組全体の総指揮を取る人のこと。 嶋佐さんが番組の台本と進行表を手に俺の横に座った。 「立木、今日フロアのアシスタントだよね。」 「はい。」 「ふー…。生放送久しぶりだ。よろしくね。」 「はい。」 赤いサインペンで、リハーサル時間やゲストの人数などを書いている。 「特番の編集少しずつ進んでるよ。」 「……そうですか。」 「立木のおかげで、良いVTRになりそう。」 サインペンのキャップを閉めて進行表を確認する。 「…俺、別に何もやってません。」 「えー?立木がいなかったらロケできなかったよ。ロケハンがんばってくれたおかげだよ。」 そう言って進行表を持ち席を立って、制作フロアを出て行った。 俺がいなかったら……。違う。東京ロケはアイツがいたからロケハンができただけだ。アイツがいなかったらどうにもならなかった。 ゆるいくせに、強引で、しつこくて。お節介スレスレの親切心で手を差し伸べてくる。アイツは優しい人間で、悪いヤツじゃない。 でも約束破ったから、やっぱ許せないし嫌いだ。 カンペを作り終わった。リハーサル時間までまだ余裕がある。 スマホが机の上で震えた。 美容室からのLINEだ。親切にも予約前日に通知が来るようになっている。 “立木様 明日の午後2時。ご来店お待ちしています。コースはカット、カラー、トリートメントでお変わりないでしょうか。変更の際は遠慮なくご注文ください。担当出口” 明日は土曜日だ。土曜日は基本的に休みだ。 俺はスマホの画面を伏せた。 どうせ、こんなもんはアシスタントが送信してるんだろうし。今、LINEで予約キャンセルしても良いんだよな、別に。“変更の際は遠慮なく”だもんな。もう一度、スマホを手に取ってLINEを開いて、“明日の予約はキャンセルします”と打った。 このまま、送信すれば良いのだけど、うざったいくらいの前髪が目に入る。 LINEに入れた文字を消した。
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