⑨許せないままでも

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シャンプー台でカラー剤を流してもらうと眠くなる。気がつくとトリートメントも終わっていてタオルドライされていた。施術台に戻りドライヤーで乾かして軽くブローしたあとスタッフさんが、肩から肩甲骨まで揉みほぐしてくれた。 「え、結構凝ってますよー。」 「…はい。」 俺の“はい。”は会話を断ち切る力を持っているみたいだ。スタッフさんも何も喋らなくなる。 「このままお待ちください。」 1人にされて、また縁のない服ばかり掲載された雑誌を自分の手元には置かずに鏡台の上でめくった。 「似合いそうですけど、そういう服も。」 俺の手に手が重なった。 「!」 驚いて顔を見上げた。出口はニコっと笑う。俺は首を横に振った。 「無理です。」 顔が熱くなってくる。 「そうですかねー?」 雑誌に載っていた服は5分袖のビッグシルエットのドルマンシャツとカラーのワイドパンツの組み合わせにスポーツサンダルを合わせていた。 無理。俺がこんなの着たら調子に乗ってるって感じがする。 「髪の色は大丈夫そうですか?」 「はい。」 「えっと、ツーブロックでいいですよね。」 「はい。」 「髪は全体的にすいて、前髪は…。」 「目の下で。」 「わかりました。」 出口は鏡越しににっこり笑う。 右耳の上の髪を掬いあげてピンで止めて、余分な髪をバリカンで刈り上げていった。いつもやってもらうより刈り上げの幅がちょっと広い。 「あの?いつもと違うんですが。」 しかし、出口は左耳の上の髪を掬いあげてピンで止めて、余分な髪をバリカンで刈り上げる。 見た感じ、いつもより大胆に刈り上げている。 「ま、夏なんで。大胆にしてみました。」 今までの担当美容師はこんなに攻めなかった。“3ミリまで行くと青くなるから、6ミリにしときましたー。”という、毎度のやり取りだった。 まあ、ツーブロックでも、あまり気にならない感じでちょうど良いかなと思っていた。 今、鏡の中の自分は、耳の上が大胆に広めに刈り上げられている。さほど青くはないが、でも地肌が見え隠れしている。 そして、その上に被る髪も、刈り上げを隠さぬ長さで切り揃えられていく。 これで前髪が目の下の長さなのはどう考えてもバランスが悪い。 出口は、襟足付近をきれいに切り揃えていく。俺の頭の後ろから時折、きれいな長い骨ばった指がハサミを操るのが鏡に映る。素早く、かつ丁寧に動く指に見惚れる。綺麗だ。 そういえばその指で、俺の体をおかしくしたんだ。途端に顔が熱くなってくる。 チャキチャキチャキチャキというハサミの刃が鳴る中、俺はあろうことか、出口の甘いキスや、何度もその指に翻弄されて自分が誰にも聞かせられないような声をあげたこと、繋がって果てたことを思い出す。 美容室は、ただ髪を綺麗にしにくる場所なのに。それに、あれは嫌なことだったんだ。 俺はきつく目を閉じた。 「前髪切るので、そのまま目閉じていてください。」 「!」 前髪を切るのがわかった。それから、指で流すように整えている。 「うん。やっぱり似合う。」 その言葉に嫌な予感がした。俺は恐る恐る目を開けた。
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