⑨許せないままでも

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「流石にわるかったし、僕。縁くん、本当はもう僕に会いたくないのに我慢して来てくれたのかなって。」 出口の声に不安が混じって、珍しく自信の無さを感じた。 まあ、会いたくはなかったけど。 酷いことされたし、許せないし。 俺の目には天井しか見えていなくて。出口がどんな顔でそれを言っているのかは想像するしかなかった。 「それに縁くん、変身願望ないっぽいからさ。変な話美容室どこでも良いでしょ?」 「うん。まあ。……。」 出口が、俺の頭を撫でるように触る。 「ねえ、気持ち悪いこと言うんだけど。」 なんだろう、怖い。 「縁くんのカットどうしようか、この1ヶ月、ずっとそればっかり考えてた。仕事中。」 やっぱりそうか。無理やりシャンプーしたり、やたら前髪いじってきたのはそのためだったんだ。 「気に入ってくれたようで良かった。ああ、ごめん。自分が気持ち悪いや。はは。」 照れ笑いしながらシャワーでトリートメントを流し始める。 は?別に、気持ち悪くねーよ。 それどころか。なんていうか。胸の奥がキューって締め付けられて、変にドキドキしてくる。 タオルドライされるのが変に気持ちが良い。 コイツの俺のこと好きって言う気持ちは本当なのかもしれない。と、ぐるぐる考える。 施術台に移動してドライヤーで髪を乾かしてから、ヘアバームで髪をセットする。 俺はまた、前のめりで鏡を覗き込んだ。 「ねえ、映ってるの縁くんだよ?」 いや、こんな髪型したことないから、鏡の中にいる俺は俺じゃない気がしてしまう。 「セットの仕方はね。」 そう言って、ヘアバームの使い方を教えてくれた。 俺は出口の手の動きをじっくり見ていた。 自分の存在を消したかった俺が俺に興味を持った瞬間。 「これ、使いやすいからおすすめだけど、縁くんワックス持ってる?」 俺は何も知らない子どもみたいに首を横に振った。 「持ってない。それ買う。」 「え。本当?使い方、わかった?」 「うん。」 「よくさ。買って満足しちゃう人がいるんだけど、ちゃんと使ってね。」 「うん。」 「なんか、素直じゃない?」 出口が俺の前髪に手のひらについたバームを少し馴染ませて笑った。 「後ろ、こんな感じだよ。」 合わせ鏡にして後ろ姿を見せられる。適度に空かれた黒髪が小慣れして見えた。 俺はまた前のめりになった。 「なんか、すげーな。」 鏡台には、開いたままのファッション誌。俺には無理だと思った着こなしのスナップの数々が目に入った。 「……。なあ。」 出口が鏡を下ろして俺を見た。 「ん?」 「俺、服…黒のTシャツと黒のワークパンツしか持ってないんだよ。」 「…クロコだから?」 「うん。」 俺は雑誌を手に取って、1番無理そうなスタイリングを指差した。 「俺も調子こいても良いのかなあ。」 出口はそのスナップと俺を交互に見て 「僕は、こういう服が縁くんらしいって、そう思うけどな。」 ふっと笑うその顔に、胸が高鳴るのを感じた。
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