②何が“運命”だよ!

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②何が“運命”だよ!

「立木、フリーズあと何枚?」 「………。」 「立木!フリーズ!!あと何枚、撮るの?」 「ああ!あと、抹茶羊羹と芋羊羹なんで、寄りと引きとで合わせて4枚です。」 「ボケっとすんなよ?時間は、進んでんだからよ。」 「は、はい。」 俺は、地方のテレビ番組制作会社でアシスタントをしている。入社してもうすぐ3ヶ月だ。 「お前、そこ立ってると影映るんだよ!どけよ。」 「すいません。」 テレビ局のスタジオで、生放送用に品物の映像を撮っている。動かない画像にするからフリーズというのだと知ったのはこの会社に入ってから。 今日俺は、いつもは、しないミスをしてガチガチに怒られ続けている。まだ午前中なのについてない。 「お前、なんか今日変じゃねーか?」 変なのは、昨日、イケメンのいけ好かないヤツにからかい半分で“好き”なんて言われたから。思い出すと背中に冷や汗が滲む。 スタジオのスタッフさんが商品に光を当て、モニターを見る。カメラで撮ってる羊羹が映っている。 羊羹ひとつ。光があるのとないのじゃ全然違う。こし餡の滑らかさが、鮮明に映し出されていて美味そう。 「スーパー発注してあんの?」 スーパーとは、字幕のことで、商品名や値段の情報などをテレビに出すやつのことだ。 「発注しました。入ってると思います。」 「お前よ、サブ行って出してもらってこいよ。」 「行ってきます。」 カメラをいじってるメガネをかけた口元の尖った小田さんは同じ制作会社のベテランで、声がデカくてめちゃくちゃ怖い。俺は報道制作部の制作班でカメラのことなど全くわからないから、この怖い小田さんに色々教えてもらっている。 サブとは、副調整室のことで、スタジオで撮った映像を放送に乗せるために調整する部屋。カメラの映像を切り替えたり、音声の調整をしたり、字幕を出したりする。 「あの、スーパー出してもらえますか?今日の放送の羊羹のなんですが。」 サブにつくなり、いろんなボタンがある卓に座っている顎のしゃくれた稲田さんに声をかけた。 「また、今日も小田ちゃんにしごかれてんの?」 「あ、いや、その。」 いろんなパソコンのいろんなマウスをいじって、羊羹のスーパーを探し当てた稲田さんは、 「これかい?」 って、モニターを指差して俺を見た。俺はモニターを見て、稲田さんに「これです。入れてください」ってそう言った。今、字幕は位置を合わせるためだけにモニターに映している。 「新人のうちに怒られて、後輩ができたら優しく指導できる人になれ。立木。」 そんなの俺だけ損してるじゃねーか。 「ありがとうございます。」 とりあえずお礼を言ってスタジオに戻る。 フリーズを無事に撮り終わって、撮影した羊羹をラップに包んで制作用の冷蔵庫に入れた。午後には、この羊羹をお皿に取り分けなくては。 立木縁(たちきゆかり) 20歳。テレビ番組制作会社入社1年目。新人アシスタント。俺には、ドキュメンタリー番組制作という夢がある。 今日は、先輩ディレクターの企画“今食べたい!究極小豆スイーツランキング 羊羹編”に振り回されている。 絶対に、余ったら食ってやる!!小豆、抹茶、芋の3種全部、1切れずつ食わなきゃ気が済まない。 はあーあ。遠いな。ドキュメンタリーへの道。
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