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月曜日、空手大会の番組収録の振替休みになっていて…。
「ふふふ。」
アイツの店に来た。月曜日は美容室が休みだ。
アイツは俺を見ておもしろそうに笑う。
「笑うなよ。笑うならやっぱりこんな服着ない!」
おれはアイツのシャツを借りて試着していた。古着の半袖シャツはブカブカで俺が着ると幼稚園の子どもが父親の服を羽織ってしまったような感じになった。
「ごめん、ごめん。それは僕が着せてみたかっただけなんだ。やっぱりちょっと大き過ぎたよ。僕にとってもオーバーサイズだから。」
「バカにすんな!」
チャコールグレーの無地のサマーニットを渡された。
「これなら大きくても気にならない。むしろかわいいよ。」
「かわいいのはやだ。」
「試してみて。」
渡されて、アンダーシャツの上に着てみた。下は少しゆったりしたくるぶし丈の黒いワイドパンツだ。
鏡で見ると俺の小さな体がゆとりのある感じに見えた。黒っぽくて違和感がない。
「良いんじゃない?似合う。」
「…ありがと。」
8月上旬。昼下り。訪問の仕事もなく1日空いてるコイツと出かけることになった。コイツの運転で郡山まで。コイツに髪を切ってもらった後話の流れでコイツと一緒に服を買いに行くことになってしまったのだ。流石に服を買いに行くのにいつもの真っ黒なスタイルでオシャレな店には突撃できまいと恥を忍んでコイツの服を借りたのだ。
「ちゃんとバーム使ってるんだね。偉いじゃん。」
運転するコイツが赤信号で止まって俺を見た。
「セットも上手。」
「うるせーよ。ガキじゃねーんだ俺は。」
「え?」
「1回聞いたらちゃんとやるんだ。真面目なんだ。舐めんな。」
出口の方は見ずにまっすぐ前を見てボディーバッグを抱えている。
「口が悪いのもかわいくていいね。」
「だから、かわいいはやだって。」
俺は少しだけ緊張している。車じゃなくて電車ならこんな風にならない。密閉空間が苦手だ。なんとなく会話が途切れたりすると変に緊張してしまうが、自分から振る話題が探せなかったりする。
「縁くんて休みの日基本何してるの?」
「寝て、ゲームして、…寝てる。」
「疲れてんの?」
「は?」
「カラー中もカット中も寝てるよね。」
出口を見るとまっすぐ前を見たまま、ハンドルをゆったり握っていた。
「…あれは、眠くなってくるって言うか。」
俺は、ここでも寝てしまえたら話すことを考えなくても良いんじゃないかと考える。
「でも、僕が切ってる時は寝てなかったね。」
あの時は、コイツの指に見惚れて。
「興味あるみたいで嬉しかったよ。」
赤信号にエンジンブレーキからブレーキをゆったりきった。それから顔をこちらに向ける。目があった。
「だって、あんたずりぃよ。」
「え?」
「その指がすげぇから見ちゃったんだよ。」
俺はハンドルに添えられている手に視線を送った。
「もしかして縁くん」
出口がニヤリとする。
「手にフェティシズム感じる人?」
俺の顔が熱くなる。
「そ、そんなんじゃねーよ!!」
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