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「この黒シャツは仕事にも使えそうだねー。サイズは少しだけ大きいけど、邪魔にはならないかな?」
出口が手にした黒いシャツはボタンが貝でできていてステッチが少し特徴のある糸で縫われていた。袖についた値札を見ると1万8000円だった。
「…もちょっと、安い方が良い。買えない。」
「そっか。」
「でも、かっこいいとは思う。ありがとう。」
「いえいえ。」
beamsは出口のおすすめで入ったけど、ハバーサックやガーメンツ、オーシバルといったハイブランドばかりが並び、俺には手が届きそうになかった。
俺が買えるシャツはもっと安くてブランドなんかないようなもんだ。…服はユニクロかguでしか買ったことがないのだ。
駅ビルのテナントを回って歩く。その中で1店舗ユニセックな感じの服が並ぶ店があった。
「あ、コレ似合いそうだね。」
出口が見せてくれたのは7分袖のロングタイプのカーディガンだった。淡い水色で、割と何にでも合いそうだった。
「コレに白T合わせて…下は、今履いてるパンツでも良いし、こういうカラーパンツでも良いと思う。」
出口が組み合わせた服は、今まで俺が手を伸ばすことがなかったタイプの色と形をしていた。
「靴もサンダルとかね。」
「うーん。こんなの似合わないと思う。」
めちゃめちゃ調子に乗ってる感じがする。俺はどうしても黒いものを手に取ってしまう。
「仕事着を見に来たんじゃないよね?」
出口に手に取った服を棚に戻された。
「でもさ、いきなり…。」
出口が手に持ってる服は、ハードルの高さに手を伸ばせない気がする。
「縁くん。」
「え?」
「あまり考えず、一回着てみなよ。」
そう言って服を押し付けてきた。
「ええ?」
出口は店員さんに手を挙げて
「すいません、試着室借りまーす。」
と言いながら俺の背中を押した。
「え、ちょっと!」
試着室のカーテンを開けると一緒に入って、俺が持っている服を棚に置き、おれが上に着ているサマーニットを脱がした。
「試着するまで、預かっておく。」
そう言って、俺をアンダーシャツ姿にして出ていった。
着るしかないじゃん。この服。
棚に置かれた服を手に取る。まずは白T。英語でなんか書いてある。ブロック体のかっちりした文字だ。
Tシャツを広げてよくよく見てみる。
“NO THANK YOU”この言葉の右横にパンダ、左横に笹の葉っぱの絵がかいてある。パンダは本当は笹も竹も好きじゃないという風刺だ。
ふざけんな!俺もこんな服ノーサンキューだ!!
アイツ、絶対、わざとこんなの選んだんだ。コレが天然だったらタチが悪い!
でも、着るしかないからとりあえず着てみる。
着丈は太ももの真ん中までくらいまでだ。明らかにデカい。
カラーパンツは、深い緑色だ。カーキではないけど、明るすぎる緑ではない。もともと履いていたワイドパンツと同じくらいの太さでくるぶし丈だ。これはメンズなんだろうか。
水色の薄手のカーディガンを羽織る。裾が膝まである。俺が小さいからだろうか。
鏡を見ると、着せられ感がすごい。
全然ノーサンキューだ。
コレ見たら出口も笑うだろう。ざまあみろ。失敗コーデだ。
カーテンを少しだけ開けた。出口はすぐに近づいてきて俺を上から下まで見た。
「あー。なるほど。ヨサコイみたいだね。丈感は大事だよね。こっちの方が良いかも。」
いつの間に選んだのか、五分袖のくすんだブルーのドルマンシャツを渡してきた。
「カーディガンは、脱いで。戻してくるから。」
なんでもコイツの言いなりだ。渋々脱いで渋々渡し、シャツを渋々受け取った。カーテンを閉めて、ドルマンシャツを着て鏡を見た。
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