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制作フロアに戻るやいなや
「立木、ちょっと。」
と、テレビ局側の制作部長に声をかけられた。
制作部長の隣には、局側の制作部の嶋佐さんがいた。女性の敏腕ディレクターだ。つい先日まで海外取材でニューヨークにいた。特番班の仕事をしている一児の母だ。
「あの。」
「ロケでアシスタントが1人欲しくて。特番班な、コロナが流行っていて、人が足りないんだ。」
そんな話は、同じフロアだから改めて言われなくとも知っている。
「このロケは、どうしてもアシスタント無しではできないんだ。」
制作部長は俺の顔を見たり、嶋佐さんの顔を見たりしながら、机を指で叩いている。
「悪いんだけど、立木。明日から3ヶ月、特番班にアシスタントで入ってくれ。」
俺は突然のことに、動揺が隠せなかった。
「俺なんかで良いんですか?」
同じ班の先輩ディレクターから、特番班は、必ず営業枠が売れる、数字稼いでなんぼの番組作りをしていると聞いた。
「特番班だからと言って身構えなくても大丈夫だよな?嶋佐?」
制作部長の問いかけに嶋佐さんが口を開いた。
「立木くんは、ロケハンと、アポどり、その他雑用をお願いしたい。できるよね?」
まあ、いつもやってることか。
「はい。」
そのくらいなら本気出せば全然余裕。
「じゃ、コレ資料。まずはこの人にアポとって。データはメールしておくね。」
タブレットを見せられた。
資料の表紙には、“訪問型美容師 若きオーナーの挑戦”と書いてある。
スワイプして出てきた顔を見て、目を見開かずにはいられなかった。
“出口輝” 美容室“and be”オーナー。32歳。学生時代にカットコンテスト全国大会優勝経験あり。
有名サロンに所属していたが、地元へ戻り、深夜までやっているサロンと訪問型美容室を立ち上げる。
「……。」
マジか。よりによって。アイツに連絡しなきゃならないなんて。
「立木?」
「あ、はい!」
「すぐ連絡ね。」
「はい!」
「タイミング間違えないように。帯の生放送終わる頃が、良い時間ぽいから。」
「はい!」
夕方6時には、あの男に電話をするのか。
自席に戻りメールを確認する。嶋佐さんからのメールを開き、デスクトップにファイルを移動させて開く。
新聞の記事も、ドキュメントに貼り付けてある。読むと、少しだけ尊敬しそうになる。
“訪問で届ける美と癒し”
“事故などで寝たきりになってしまった人や、介護の必要な高齢者にも、訪問で髪を綺麗にして心の癒しを届けたい。”
クソ。志がカッコいいじゃねーか。
俺は単純で、考えや価値観が人に優しくある人のことはどんな人でも尊敬してしまう。
でも、コイツのことは、尊敬しても嫌いは嫌いだ。
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