81人が本棚に入れています
本棚に追加
アポを取ってから1週間後。
美容室の事務所で打ち合わせをすることになった。
アポ取りの電話の段階で、アイツの声は弾むようだった。
『えー!たっちーテレビ局の人だったんだー。だからガムテとかビニテとか持ち歩いてるんだー。』なんて、合点が行ったように1人で納得してた。
問題はそこじゃなくて、取材受けてもらえるかどうかなんだけどな。と、思いながら、話していると
『たっちーのお願いなら聞いてもいいけど、やっぱりさ一1回、その担当ディレクターさんに会ってから決めて良い?電話でアシスタントさんに言われてもなー』なんて、軽くお断りモードで話してきた。
だから、きっと密着系の取材は勘弁なんだろうと思ったんだが……。
「なるほど。いいですよ。」
資料に目を通し、嶋佐さんの説明を受けた出口は、優しい笑みを浮かべて言った。
「ただ、僕もお客様あっての仕事なので、訪問先のお客様が承諾してくださらないと難しいかな…って言うところはあって…。タイミングは、難しいかもしれませんよねー。」
顎に手を当てながら、真面目に話している姿から、ちゃんとお客さんのことを考えてる雰囲気が伝わってきた。
「でも、深夜営業の方は、若い人が多いので、あまり問題ないとは思いますよ。そっちから、決めちゃいますか?」
「そうですね。お客様からのご承諾は」
「ああ、僕、聞いておきますよ。」
「ありがとうございます!助かります。」
「いえいえ。」
なんか、小慣れてる。嶋佐さんとの話がどんどん進んでいく。
俺はただそばでメモを取ったり、タブレットに日程を記入してるだけ。
「深夜のお客さんはどんな人が多いです?」
「残業で疲れた人が来ますね。テレビ局の人もくるかなー。」
そう言って、俺を見る。
俺は休みの日の昼間にしか美容室なんか来ねーよ。
「カットとヘッドスパは、人気のコースですね。」
「出口さんは、いつ休んでるんですか?」
また、俺を見た。
「僕は、お客様と接してる時が、癒される時間なんで、うち帰って寝れればそれでいいですねー。」
嶋佐さんは、メモをとりながらVTRの構成をどんどん頭の中で作っていくようだった。
その間、出口は俺をちょこちょこ見てきて…。てか、なんで、そんな見てくるんだよ!
「出口さんの仕事のやりがいは?」
「僕のカットで、お客様の表情が明るくなるその瞬間があるたびに、良かったって思って、それがやりがいかなと。思ってます。」
今度はじっと見られ…てるよな。視線バシバシ感じるんだよ。
「今度初めてカットするお客様がいて。カット終わった後、どんな顔してくれるだろうって今からとても楽しみなんです。」
恐る恐る視線を合わせるとフッと微笑んだ。
いやいや、怖い怖い怖い!!
最初のコメントを投稿しよう!