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定時を2時間すぎた。生放送の帯番組も、フロアスタッフが足りなくて、アシスタントに入っていたため、特番のロケのスケジュールを打ち込んでいたらこんな時間になってしまった。
嶋佐さんは、来週放送の特番のMA…映像に音響効果をつける作業に立ち会っていたから、俺の仕事の遅さなどさほど気にならないようだった。
嶋佐さんにメールでスケジュールを送る。嶋佐さんは、すぐにメールに気づいて
「立木、スケジュールこれでOKだから。紙の資料、出口さんに届けて直帰していいよ。メールは私から送っとくね。」
「はい。」
ドキュメントを印刷にかけた。
プリンターから出てくる紙を見ながらこれからの毎日を考える。
出口特番のロケは、普段の仕事場とか東京のヘアサロンまで行くことになっていた。そのため、俺と嶋佐さんは、明日、東京にロケハンにも行かなきゃいけない。
なんか、情熱大陸とアナザースカイとプロフェッショナルがごっちゃごちゃに混ざったような番組になりそう。密着だし。これ、ドキュメンタリー番組じゃねえか?
よりによって、俺のドキュメンタリー1発目は、アイツなのかよ!!
いや、待てよ。
俺は今アシスタントだからよー。これはノーカウントでいいんじゃねーかなー。思わず頭を掻きむしった。宮本浩次のように。くだらねえとつぶやきてえよ。
紙は3枚。A4の封筒に入れ、小脇に抱えた。
「嶋佐さん、お先でーす。」
「はいよ、お疲れー。」
そう挨拶を交わしてフロアを出たのは、午後8時。
そして、すぐに出口美容室に着いてしまった。
まだ、お客がいるんじゃねーか?まだ8時30分だぞ。駅から割と近いから、利用する客にとっちゃ、夜でも行きやすい美容室だと思う。
夜、外から見たことなかったな。
茶色い外壁に間接照明。そばにある植物にもライトが当たっていて窓から漏れる灯りは、白い。
いったい、どんな客がこんな時間に来るんだろう。
木でできた重いドアを押した。
カウベルみたいな音が店内に響く。
「いらっしゃいませー。」
優しい口調の男の声が聞こえてきた。
「そちらにかけてお待ちくださいねー。」
間違いなく出口の声だし、そこにいるのは出口で、ハサミを持つ手を素早く動かして、艶めく女性の髪を軽やかにカットしている。
ハサミの音がリズミカルに心地よく響いている。
女性は、特に話さず、じっと鏡を見ながらその音を聞いて緊張の顔を見せている。
昼間の出口は、常連客と趣味の話とか、流行りの家電や、テレビタレント、さらに動画コンテンツの韓国ドラマの話をひっきりなしにしてるのに。
夜の出口は、ひたすらに髪を切ることに集中しているように見える。この客が、話し下手なだけなのか。それとも、ハサミの音に好意的な感情を持つ人間なのか。それとも、出口を嫌いなのにここしか美容室はこの時間やってないから仕方なくきてやっぱちがうわって思って後悔してるのか。
2人を眺めているうちに髪は、どんどん綺麗になっていく。
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