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①いけ好かないヤツなのに
よく行く美容室の担当美容師から突然。
「立木さん、お世話になりました。」
って言われた。
俺はカラーはおろか、カット中にも眠りこけてしまうから、一体なんのことかさっぱり分からず、この女性美容師のお世話なんて一斎した記憶がなく、突然、青天の霹靂みたいな状態にさせられた。
が。
俺は、陰キャでリアクションが薄い。
「あ?はい?」
せいぜいこの程度だ。
「私、美容師辞めて、来月からドンキでバイトするんですー。」
は?なんで?美容師とドン・キホーテって異業種すぎんか?
「立木さんのことは、イケメンオーナーのデッキーさんに頼んでありますのでご安心をー。」
デッキー?あー、動画コンテンツの恋愛バラエティ番組にも出ていたいけ好かない男だ。そもそも、“デッキー”って言う呼び名もその番組でつけられたんだ。出口輝だから、“デッキー”。
塩顔イケメンてヤツで、髪型は、ゆるふわパーマのショートで、色はナチュラルなくすみのあるベージュ。背が高くて細マッチョ。いつもシャツをさらりと着こなして、ビンテージのジーンズを履いている。こんなヤツがオーナーだと知っていたらここには来なかった。
たまたま髪を切りたい気分の時に予約がここしか空いてなかったから、ここにした。ただそれだけ。それだけ。そう、それだけだ。
「はい、カットできました。」
対する俺は、ツーブロックの前髪長めのウザバングで、色はカラスより真っ黒に染めていて、体つきは細くて背も小さく服がなかなかないからオーバーサイズの黒いTシャツに黒いワークパンツでだいたい済ませている。夜出歩いて車に轢かれても文句は言えない。
「セットはオーナーにお任せしますね。」
「え?」
常連客の見送りの終わった、イケメンオーナーが俺のそばに来た。
「オーナーの出口です。来月から立木さんを担当いたします。」
オイルを混ぜたワックスを、髪に馴染ませていく。軽やかな手つきに少し見惚れた。いけ好かないのに。
「セットは必ず後ろの髪の毛の毛先からやると、もたつかないから髪が軽く見えますよ。」
そう言いながら、手持ち鏡で後頭部を見せてくれた。
「ああ。はい。」
まあ…よくわかんねーから別になんでも良い。
「それと前髪は、こんなにおでこ隠さなくてもね。」
そう言って、簡単に分目を作った。
「うん。これならかわいい。」
「へ?」
思わず変な声が出た。
「立木さん、せっかくパッチリした目元なんだから。」
顔がかあーっと熱くなっていく。丸出しにされた顔面が赤くなるのが鏡に映った。
俺は女子みたいなこの顔面が嫌いなんだ!
「はい。ステキです!」
鏡越しににっこりされ、胸がドクンと鳴った。
え?どゆこと?
「お疲れ様でした。」
椅子を回転させ、俺を会計に促す。
その背の高さや指先まで神経の行き届いた所作に圧倒された。
会計カウンターで施術前に預けたボディバッグを渡された。ボディバッグには養生テープとビニテが引っ掛けてある。昨日、仕事用のバッグに財布も携帯も入れたままそのまま背負って家に帰ってきてしまったのだ。だから、この週末は、このバッグを使うしかない。
「立木さんの、そのファッション、僕好きですよ。」
また、ニッコリする。
「あ、もしかして、ダンスやってます?ブレイキンですか?ガムテ、踊る時の位置決めに使うんですか?」
はあ??うっせー!バーカ!!
やっぱり、コイツ、大っ嫌いだ!!
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