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「落ち着きな。」
出口の手が俺の手を包んだ。
「気に触ったなら謝る。ごめんね。気になっちゃってさ。」
手があったかい。顔が優しい。
「やっぱ、なんか変だよ、縁くん。」
なんでコイツ、ずっと余裕なんだよ。
「…あんたはいいよな。」
「ん?」
俺の口からは僻みしか出てこない。自分には誇れるものが何もないからだ。
「自分の店あって。お客は、あんたの前で笑ってくれて、褒められて、必要とされて。」
出口は、俺をまっすぐ見て、黙って聞いている。
「自分の信念もあんだろ?自分のこと誇らしいって思ってんだろ?いつも余裕で、いつも誰かに優しくできて。安心させることもできて。なんなんだよ、マジで。ずるいよ。」
こんなの、ただの八つ当たりだ。
コイツにはなんでもあって、俺には何にもない。
「そっかー。」
ため息をつくような声だった。がっかりしろよ。嫌われれば万々歳だ。
「それは、縁くんの見てる僕だもんなー。そんなイメージになっちゃってんのかー。」
「ああ?」
「はははー。なんかごめんねー。」
いきなり抱きしめられた。
はあ!?何??
「ちょっと、放せよ!!なんなんだよ!!!」
「ねーねーねー、縁くん?」
「な、何?」
「自分には何もないー、とか、何者でもないー、とか、思って落ち込んでんのー?」
なんで、なんでわかったんだよ。
「は?な!なんなんだよ!?」
でも、こんなヤツにバレたくない!
「放せ!」
「わかりやすー。いいねー。アオハルだねー。懐かしくて震えるー。大好きそういう青臭いの。」
「あんた、バカにしてるだろ!!」
顔を両手で挟まれてじっくり見られた。出口の目がキョトンとしてる。目を合わされて恥ずかしくて顔が熱くなる。
「してないよ?」
「してる!」
俺が眉間に皺を寄せるほど、コイツは楽しそうで
「かわいいなあ。」
「はあ!?」
俺は、腹が立つのだけど。
「僕は、良いと思うんだよな。」
「え?」
頭を撫でられる。
「今は、真っさらで良いと思うな。」
「…。」
「もし、やりたいことがあるのなら、そのための今は、尊いと思うよ。」
腕ひとつで欲しいものを掴んだヤツが、僻みや妬みの感情を見せていた俺にニッコリ笑う。
「誰だって、最初は何者でもないんだよ?そんなこと、頭の良い縁くんならわかるよね。」
持っていたけど無くなったモノに引け目を感じて過ごした1日だった。自分の過ちがそれを無くさせたんだ。
だから、俺には何もない。だから、俺には誰もいない。でも、真っさらじゃない。赤っ恥がついて回ってる。
「…ぅう、ぐっ。…うっぐ。」
涙が溢れて嗚咽が漏れる。
「俺は、あんたが思うようなヤツじゃない。」
「いいよ。そんなの当たり前だ。」
涙を拭われた。優しい指先。思わず目を閉じた。
瞬間。
唇に柔らかいあったかさを感じた。
これは………
…キスだ。
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