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「憲兵のもt……」
「ドスン」
男が何か言いかけたのを遮るように鈍い音がした。
目を開くと、一人の女性が背を起こしながら、膝や服にかかった砂埃を手で払う。
急に現れた割りには一切、息切れを起こしていない所を見ると運動には慣れているのか……
手を櫛の代わりにして、紫の短い髪を思いっきりかきあげると、上の髪の生え際が少し見える。
ワンレンと言う髪型だ。
そして何よりも、180センチはある高い身長。
素手だとしても絶対に戦いたくない圧力を作り出していた。
その足元で、男は最後の力を使い果たし、僕の事を倒せた夢を見たのか安らかな顔で倒れていた。
「間に合った」
その女性は、生きている僕を見て安心してつぶやいた。
そして、足元に倒れた男の首元に手を当てた。
「何をやってんだ」
思わず僕は声をかけた。
これまでの僕がしかけた攻撃の殆どは、この男が能力を発動させた事が引き金となっている。
二酸化炭素での窒息もあの男の炎が原因だし、その後に発生させた熱だって水しぶきは男が上げたものだ、さいごの水素爆発だって男が火を出さなければ起きなかった。
僕は自分自身で人を殺すなんて事はしたくなかった。
「よかった、脈はある」
女性が言った。
僕はホッとした、殺される覚悟が無い奴に人を殺そうとする資格は無いと思っていたが、横になり気絶している一人の人間を殺すのは流石にキツイ。
そう安心したのも束の間。
「だけど、もう襲ってこないように……」
女性は、その男の腕をへし折った。
あまりの痛みから気絶していた男は跳ね上がり大きな叫び声を上げる。
「どうやら、このブレスレットがこの男の魔道具みたいね、腕を伸ばす方向で炎を操作するという事はへし折ってしまえば、炎は上手く使えないだろ……ってうるせぇな!!」
女性は男の口に布を詰めて叫び声が出ないようにした。
「あんた、何者ですか?」
僕は驚きながら聞く。
「あんたァ? それって命を助けてくれた人に言う二人称かい? いや、でも失礼じゃない二人称って何があるかな、ん~、なんだと思う?」
女性はこちらに詰め寄る。
「お前、君、Hey you…… 貴方様は何か丁寧すぎて嫌だ。 なら、三人称が良いか? でも『カノジョ~』だとナンパになるな……」
「……」
「ところで、何で『Hey、カノジョ~』とは言うのに、『Hey、カレシ〜』って言わないんだと思う〜? 」
「男性から声をかける事の方が多いからでは? 逆ナンだ」
僕は思わず返事してしまった。
「あ?」
女性は一気に顔を近づける。
「何が逆ナンだ? 言ってみろ? 私がお前に声をかけたのはナンパの為だと言いたいのか? 確かにお前の顔は女性のように整った顔だ、しかし、それは自意識過剰ってもんじゃあないのかぁ?」
顔と顔の距離が近すぎてその女性の眼しか見えなかった。
「おい、さっきの大きな音はなんだ? 」
「ここからだったよな? 」
「地下通路の穴があいてるぞ!!」
天井の穴から近所の人たちが顔をのぞかせた。
「なんだ、これは?」
「おい、人が倒れている!! 腕も折れているぞ!!」
「早く医者を連れてこい」
近所の人達からガッツリと顔を見られてしまった。
女性の方を見ると、何かを天井の方に向けていた。
「ここに居るとまずい、男はほっとけば病院に連れて行ってもらえるだろう、とりあえず、ついてきて」
その女性は僕の手を引き地下水路を走り抜けていった。
「あの男は、君の住んでいた国の同盟国から来た」
空き家の一室で女性が言う。
あの場所から、300メートル程走った所で地下から脱出し、潜む場所としてここを選んだ。
どうやら、既にここを使う事を想定していたのか、荷物の入った大きな袋が二つ置いてある。
「あの男を怪我させた君はこれから指名手配される。 ハメられたんだ」
「そうだ、ハメられたね」
「やけに物分かりが良いじゃない」
「お前にハメられたんだ」
「どうして? 」
女性の口角が上がった。
「僕が断り続けた手紙は各国から来ていた、魔道具を使わず魔物を倒す凄い奴は他にも居たが、僕のような知能派は居なかった。 だから、喉から手が出るほど欲しかったと同時に、自営に入らない場合は真っ先に始末したかった」
「そうだろう、うちも同じだ」
「それを利用する奴がいた、まずは一つの国に『僕がスカウトされて承諾した』と情報を流した。それを聴いた政治家は焦り僕を殺すように命じた」
「証拠が少ないね」
「証拠は、お前の行動だ」
「……」
「あの場で僕が取ろうとした行動は、憲兵の元に行き事情を説明して条件付きで助けてもらう事。 しかし、お前はわざわざ男の両腕を骨折させて、『二人称が云々』言って話を引き伸ばし、天井から顔をのぞかせた住民に何かを見せて、僕を逃げるように引っ張った」
「なるほど、あの時、わざわざ骨折させたのは一国がスカウトに成功させた転生者に怪我を負わせたという事で指名手配させて、住人が顔をのぞかせるまで話を伸ばして、天井に見せつけていた物はうちの国の紋章で『既に私たちの国がスカウトした』と住民に伝え、んで逃げたのはそれを確実にするためだって言いたいのかい? 」
「どうだ」
「あんたさぁ、自分の命を救ってくれた人にそれはないんじゃないのか? 」
女性は頭を掻く。
女性の顔を凝視していると「グゥ~」と腹の音を鳴らしてしまった。
そういえば、家から出る準備に時間を使いすぎて食事を取っていなかったのを思い出す。
せめて農場から何か取っておけば良かった。
「何? 腹減ってるの? かわいいやつめ!!」
女性は鞄の中から、サンドイッチを取り出して、僕に向けた。
僕はサンドイッチを疑惑の目で見ていた。
「何? 食べないの? 」
「僕は、初対面の相手から缶詰以外の食べ物は頂かない」
僕は、そっけなく言う。
「本当に、そういうところは可愛くないね」
そういいながら女性はサンドイッチを一口食べてからこちらに向けなおした。
「毒なんて入ってないから」
「わかったよ」
僕はかじりかけのサンドイッチを口にする。
「そういえば自己紹介してなかったね、私は紫炎(シオン)、君は? 」
「僕は、マコトだ」
僕は、残りのサンドイッチを一気に頬張った後、それを水で飲み流した。
「さて、これからマコト君をこの国から亡命させる!!」
紫炎が机の上に地図を開く。
プリンにキノコが生えた様な形の島国、プリンの北側には浮遊した島が描かれている。
「さて、私たちの居るところはここ、オチデンターリスだ」
そう言い、紫炎は島の西側を指さす。
「そして、ここが私たちの所属する国、ノーズウェル」
紫炎の指が、そのままなぞられ北西を指す。
その国は、今いる国『オチデンターリス』から真北で、浮遊島のある国の東側『セプラテラ』。北西には広大な海が広がり港街がいくつか存在していた。
「ここで、一番の難所はここだ!!」
紫音は国境の付近をなぞる。
オチデンターリスとノーズウェルの国境は森の中にある。
その森を挟むように壁と門が立っていた。
「ノーズウェルの門は私の顔パスで行けるが、オチデンターリスの門はそうはいかない、君の顔がバレている」
「ならどうするんだ?」
僕は聞いた。
「その荷物は、この為に用意した!!」
紫炎は袋の中から、女性服と男性服を取り出す。
女性服は紫炎が着るにしては小さすぎるし、男性服は僕が着るには大きすぎる。
「さて、行こうか!! 『マコトちゃん』」
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