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下半身がスース―する。
僕と紫炎は、門の前に立った。
時をさかのぼる事、あの空き家で、紫炎は暴れる僕の腕を無理やり掴み、床に抑えつけて、抵抗する気もなくなった僕を無理やり着替えさせた。
左肩をしっかりと包帯で止血した後に、フリルのついたフワフワなドレスを着せてきた。
流石に下着まで変えようとしてきた時は、とっさに「大声を出して、共に捕まってやる!!」と言って難をのがれたが、紫炎は「身体のラインが……」とか呟きながら渋々諦める様子を見せていた。
下半身部分をクリノリンというワイヤーでドーム状にふくらませて、腹部には服の上からコルセットを付け身体のラインをより女性らしく整えた。
その次に、黒のボブカットのウィッグをかぶせる。
アイメイクは、リキッドのアイライナーを目尻のはみ出す所まで伸ばし、そこから涙袋に添って目の真ん中にまつ毛のラインを描き込んだ。
紫炎曰く「これで目が大きく見える」らしい。
アイメイクを終えると、眉毛を潰して細く長めに描きなおす。
口紅は濃い物を持ってきたため、直せず塗らず、アイシャドウのスポンジブラシに口紅を付けてから軽く唇に当てた。
「どう?」
紫炎が鏡で僕の顔を映す。
これまでの自分とは違う感じがした。
嬉しい。
いや、この嬉しいという感情は、自分が可愛くなった事に対しての喜びではなく、国境を抜けられる安堵の喜びだ。
「次は私の番だね」
紫炎は僕が居るのに構わず服を脱ぎ始めた。
「ちょっと、何処で脱いでるの!!」
僕は思わず反対方向を向いた。
「かわいいね、照れちゃってるの? 」
「別室で着替えろよ!!」
「別室で着替えている間にあんた……『マコトちゃん』は逃げちゃう可能性があるからねぇ」
「『ちゃん』って言い直すな!! 」
「ブラを外すとそこには、実った二つの乳が姿を見せる、その柔らかな肉のてっぺんには……」
「官能小説のように実況するの、やめてもらっていいですか!!」
「はぁ、少しは乗ってくれてもいいんじゃないの?」
紫炎は少しテンションの上がった様子で「シュルシュル」と音をたてる。
きっと、さらしで胸を潰す音だろう。
「そろそろ振り返ってもいいよ」
「本当ですか? 」
「本当だって、見せつける癖なんかない」
たしかに、紫炎に見せつける癖はなさそうだ。
しかし、見せつける癖は無いとはいえ、女性の裸を見て照れる僕の反応を楽しむ……
そんな癖が彼女にはありそうだ。
そう、平常心だ。
反応してしまえば、彼女の思うつぼだ。
思いっきり振り返ると、タキシード姿の紫炎が立っていた。
まず目に入った、顔が良い。
身体を細く見せる黒が、長い脚とスラっと伸びた背丈をよりスマートに見せる。
そして、顔が良い。
黒のおかげでスマートになったのか、細く見えるのに比例して元から高かった背は、より高く感じた。
そして何より、顔が良かった。
紫炎は2,3回咳ばらいをして声の調子を少しづつ整える。
「あ……あ……ゲフン……あー……」
そして声を低くさせた後、僕の手を取る。
「さて、お嬢様、行きましょうか? 」
明るくなりかけの時間、あまり人が居ない時間だったのが救いだが。
それだとしても、その少ない人達がこちらを見る度に緊張で体がこわばってしまう。
「お嬢様、お嬢様」
紫炎が僕に耳打ちする。
「お嬢様は自分が思っているよりも、かわいらしい姿をしていらっしゃいます。 自信をもって」
そんな事を言われても、人前でスカートなんてものを履くのは初めてだ。
クリノリンでドーム状に広がったスカートが何かにぶつからないか気を遣う上に、ハイヒールを履いての移動はとてもキツイ。
女性はいつもこんなのを履いて歩いていたのか、大変だなと思いながら足を動かした。
そして、僕と紫炎は門の前に立つ。
「お嬢様は『まだ』女性の声を出せないので、会話は全て私にお任せください」
紫炎が胸を叩く。
『まだ』ってなんだよ、僕は絶対出さねぇからな。
門番は門の両端に一人ずつ立っている。
胸に付いた紋章の色で右側の門番の方が階級が高いのがわかる。
紫炎と僕は階級の高い門番に話しかけた。
「すいません、お嬢様をノーズウェルで開かれるパーティに送らなければいけないので、ここを通りたいのですが」
すると門番は、一瞬考えた後に顔を険しくした。
「申し訳ございません、私としても通したいのですが…… 地下通路を爆破させ、負傷者を出した者が逃亡する可能性がある為、人を通すなとの命令が出ていまして」
「それはそちらの都合でしょ」
「しかし、命令ですので……」
「はぁ……」
紫炎はため息をつき、ポケットから紙を取り出した。
「これが通行証だ」
紫音から門番に手渡される。
「こんな通行証、見たことありませんが……」
門番は目を細めて通行証を見た。
「えぇ、この通行証は知らないと思います。 しかし、この通行証の『厚み』なら知っているのでは?」
紫炎は鋭い視線を門番の目に向けた。
何の事だろうかと思い、紙にしっかりと目を向けると一番上の大きな紙に隠れた紙の束が確認できた。
空気が凍り、全身の鳥肌が立つ。
緊張、こんな状況になると先に伝えてもらえれば、痛くなるほどの口の乾きと、みぞおちから襲い掛かる胃液の逆流感も少しはマシになったであろう。
「お嬢様、怖がる必要はございません。 すべて私にお任せください」
僕の様子に気付いたのか紫炎がこちらに声をかける。
門番は目をパチクリさせた。
二度、三度、四度と、もう一人の門番を確認した。
そして、胸を張り、ハッキリとした口調で言った。
「いえ、私の知っている通行証はもっと『分厚い』はずです」
紫炎はやられたと口角を上げる。
「失礼いたしました、私としたことが通行証を間違えておりました」
そして、追加で紙の束を渡した。
もはや、それは通行証ではなくただの紙の塊だった。
「最初に渡した通行証は、もう使わないので、そちらで破棄してください。 メモ帳代わりに使っていただいても構いませんよ」
門番はしっかりと通行証を確認する。
親指と人差し指で何度も摘み直し、厚さを確認した。
「はい、この厚さ…… この厚み…… これが正しい通行証です」
門番は目を輝かせる。
「門の端に小さな扉があります、ご案内しましょう。 他の門番には私が話を通しておきます」
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