親友に騙された!

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 翌日、宏子は、いつもの駅から乗り込んできて、いつもの定位置に陣取った。すると、昨日と同じシートの同じ場所に、例の〔彼〕も座っている。宏子は、〔彼〕に気が付かれないように、スマートフォンを見るふりをしながら、時折り、チラチラと、その様子を観察してみた。車内の乗客はその多くが、スマートフォンに没頭している。宏子自身も例外ではない。ところが、〔彼〕の手元にスマホは見当たらない。耳にイヤホンも着けていない。あるのは1冊の文庫本だ。“今どき、珍しい”。新鮮な光景であった。パッと見では、30代後半か、40代に届いているか、といった印象だが、実は、もう少し年齢を重ねているかもしれない。ならば、既婚なのか、独身なのか? が気になる。こんどは〔彼〕の指先に注視した。左手の薬指に光るものはなさそうだ。そのとき、不意を突いて、宏子の脳裏に、〔彼〕とドライブデートをしている光景が沸き上がってきた。バックミラーを見ると、ひとりの女性が泣きじゃくりながら追いかけてくる。しかし、やがて力尽きて、その場に崩れ落ちた。つい最近まで〔彼〕と交際していたのだが、宏子に“奪い”取られていた。ほんの僅かな間に、とめどもない妄想が広がっていく。  「まもなく、○○○~、○○○~、お出口は左側に変わりま~す。」  車内放送が耳に入り、宏子は我に返った。実際のところ、現在、この〔彼〕に交際相手がいるかどうかなど知る由もない。とはいえ、既婚者への略奪愛は何かと物騒ぎだが、絶賛恋愛中であっても、独身ならば、略奪行為は、社会的モラルにも逸脱するとは思わない。そんなことを考えていると、いかにして〔彼〕とお近づきになろうか、という衝動が込み上げてきた。再び宏子の頭の中を妄想が駆け巡る。しかし、自分から動き出せない性格が災いした。空想だけが独り歩きして、何も進展しないまま1週間が過ぎてしまっていた。
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