親友に騙された!

6/8
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 業を煮やした宏子は、親友の彩佳(あやか)に〔彼〕との間をうまく取り繕ってくれるよう頼み込んだ。彩佳は、以前は宏子と同じ職場に勤めていたのだが、3年前に退社、現在は駅前のスナックで働いている。もともと人と接することに()けている彼女にとって接客業は天職ともいえるものであろう。それ故に、初対面となる〔彼〕が相手でも、無理なく自然に接してくれるはずだ、と踏んだのである。とはいえ、仕事がら、当然夜は遅い。朝の通勤時間帯は、普段であれば、まだ夢の中のはずだが、もしかしたら将来を左右するような一大事かもしれない。“こんど奢るから”と大好物の焼肉を餌に、無理を承知でお願いしたのだ。  思わぬキューピットを頼まれた彩佳は、さっそく眠い目を擦りながら指定された電車に乗り込んだ。一方の宏子は、いざとなると、〔彼〕がどんな反応を示すかを伺う勇気がなく、進展があったら連絡してもらうように頼んで、自身は20分も早起きして1本前の電車で通勤するようになった。この行動が、あとあと、とんでもない悲劇と修羅場を生むことになろうとは、もちろんこの時は知る由もない。   彩佳は、まず車内を見渡す。もちろん〔彼〕との面識はないが、座っている場所と外見的特徴を聞いていたため、すぐに分かった。さらに、少し〔彼〕の様子を観察しようと、場所を移動すると、その正面に立った。花粉シーズンもそろそろ終わりなのであろうか。この日はマスクを着けていない。宏子もまだ見ていない〔彼〕の“全貌”を目の当たりにするにつけ、眠気が一気にふっとんだ。“ド真ん中のストライク”といえるような彩佳好みのタイプだったのである。    その後、彩佳は、眠気に耐えながら、連日、同じ電車に乗り続けた。そして、〔彼〕のすぐ近くに立ち、それとなく話しかけ、さりげなく話題を広げ、いつの間にか、世間話を交わすような間柄になっていった。さすがに宏子とは違い、人との接し方は実に上手い。  さらに、まずは〔彼〕が38歳の独身であることをつきとめると、彩佳は一気に攻勢を強めていく。幸いにして、この列車に宏子は乗っていない。言葉巧みに〔彼〕の気を引くと、自身の休日の夜、ついに、食事に誘うことに成功した。このことがきっかけでふたりは急接近する。そして、はじめて顔を合わせてから僅か2週間もたたないうちに、こともあろうか、彩佳と〔彼〕は交際を始めてしまっていた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!