自由世界への脱出

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 ジョージ・オーウェル作『千九百八十四年』から五十年後の二千三十四年のある国の話。 「起きてください」と言う声が聞こえた。  目を覚ますとバスの中だった。いつの間にか、僕はバスの中で眠っていたのだ。首を回して辺りを見回す。乗客は皆降りていて、バスに残っているのは運転手と僕だけだった。 「着きましたよ。終点です」  運転手は僕に早く降りて欲しいようだ。 「すみません」  バックパックを掴むと、急いでバスの出口に向かった。 「着いた! 自由の国に着いた」バスから降りて地面に足を付けると、そう叫びたい衝動に駆られた。  僕が暮らしていた国はビッグ・ファーザーという独裁者が治めていた。政治も経済も文化もすべて彼の意のままだ。自由なんてない。政治の不満を口にすれば治安警察に捕まえられる。音楽や文学などは国が認めた作品だけが発表を許される。だから、聴きたい音楽を聴くこともできないし、読みたい本を読むこともできない。いつも黒く重たい雲が頭上を覆っているような社会だ。  だから、自由な空気を求める人たちは、この国から脱出したいと願っている。僕がいるK大学文芸サークルのメンバーたちもそうだった。皆、自由な国に行って、もっと自由に小説や詩を書きたかったのだ。  ひと月ほど前の文芸サークルの会合のときのことだった。 「最近、ケイジに会わないけど、どうしたんだろう」  僕はサークルのメンバーを前にして聞いた。 「ケイジだけじゃなくて、僕のクラスにも急に出席しなくなった人がいるな」           メンバーの一人が言った。 「俺が聞いた話では」別のメンバーが言った。「政府は公にしていないけど、会社や学校に出てこない人が増えてるみたいだな」 「この国から脱出する人が増えてるって聞いたよ」  僕と同じクラスのマリが声を潜めて言った。 「でも、脱出できたのか、治安警察に捕まって消されたのか、分からないんじゃないのか?」  メンバーの一人が反論した。この国の治安警察は誰を逮捕したのか明らかにしない。だから、失踪した人の消息は闇の中だ。確かめようがないのだ。
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