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「サークルの会合じゃ言わなかったけど、脱出する方法があるらしいよ。私はそれを信じたいな」
大学からの帰り道、マリが僕に言った。
「どんな方法?」
「分からない。けど、脱出したいな」
そう言ったマリは、間もなく消息を絶った。
僕は文芸サークルのメンバーとマリのマンションに行った。そこにマリはいなかった。行方不明になっていた。
「治安警察に捕まったんだろうか」とサークルメンバーの一人が心配したけれど、僕はマリが無事に国を脱出できたのだと信じている。
それからは、僕もいつか自由の国に脱出できるのだと思うようになった。
そのチャンスは突然やって来た。僕は国境を越え、バスを乗り継いでこの自由の国に来ることができたのだ。
バスが着いたのは、大きくもなく小さくもないような都市の、大きくもなく小さくもない駅前の広場。
前の国では、駅前広場にはダブルベッド二枚サイズの大きさのスクリーンが設置されていて、そこにビッグ・ファーザーの映像が映し出されていた。笑っている顔がアップされたビッグ・ファーザー、赤ん坊を抱っこしているビッグ・ファーザー、お年寄りの手を握っているビッグ・ファーザー……。でも、ここの駅前広場にはそんな無粋なものはなかった。代わりに、ストリートミュージシャンがいてラップを歌っている。
暫くの間、僕はラップを聴いていたけれど、ふと誰かの視線を背後に感じて後ろを振り返った。若い女性がこちらを見ていたが、すぐに目を逸らして歩き去った。何者なんだろうか。
僕は駅前の通りを歩き始めた。いつもの習慣で、目を上に向けてビルの壁に視線を走らせる。
僕がいた国では、会社、役所、学校、商店、公園、道路……至る所に監視カメラがあった。カメラで取得した画像からは、顔認証システムで個人を特定することができる。だから、日々の行動は慎重にしなければならなかった。カメラはいつも撲たちを見張っているのだ。
見たところどのビルの壁にも監視カメラはついていなかった。当然だ、ここは自由な国なんだ。そう実感した。
足取りが軽くなり、商店のショーウィンドウを横目で見ながら、通りを進んで行く。
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