自由世界への脱出

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 書店があったので入る。本棚を眺めながら店内を移動する。詩集の棚があった。棚に並ぶ本の背表紙を見ていく。M・Mの詩集が何冊か並んでいた。  M・Mの詩集は、以前は図書館や街の書店に置かれていたが、ビッグ・ファーザーが政権をとってからは、『退廃芸術』に指定されて発禁処分になった。しかし、文芸サークルのメンバーがどこからかM・Mの詩集の一冊を手に入れてきて、僕はそれを読んだことがあった。  本棚から詩集を一冊抜き出して、レジに向かった。 「いらっしゃいませ」  レジにいた男性が頭を下げる。 「これをください」  詩集をカウンターの上に載せる。 「M・Mの詩集ですね。良い詩集です。私も好きです」  レジの男性が微笑んで言う。 「読んだのですか」 「ええ、十代の頃にね。この本を扱えるなんて本屋冥利につきます」  本の代金を支払うために、ジャケットのポケットからスマホを取り出した。それを決済端末に翳そうとした時、ちょっと手を止めてしまった。 「大丈夫ですよ。ここではあなたが何を買ったのか調べる者はいませんよ」  レジの男性は僕の仕草を見て笑っている。 「ですよね」  と、僕はスマホを決済端末に翳す。  現金というものがなくなり、決済はスマホで行われる。だから、何を買ったのか、どこに行ったのかというような情報を集めるのは容易なことだ。前の国ではスマホから取った情報は、すべて国に収集され管理されていた。気持ちのいいものではないから、僕はスマホを使う時はいつもためらってしまうのだ。 「ありがとうございます。また来てください」 「また来ます」  レジの男性に挨拶を返し、店を出た。
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