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きみのためにコーヒーを淹れよう
彼の事務所を訪ねると、いつものように珈琲の香りに出迎えられる。
「いらっしゃい。珈琲、飲みますよね」
「ああ、せっかくなのでいただくよ」
僕が勝手に彼に惹かれているだけだけど、彼なりに僕を歓迎してくれているのだと都合良く考えるぐらいは許してほしい。
「良かった。さ、座って」
慣れた手つきで紙コップになみなみと注がれた珈琲は、ご丁寧にも保温タンブラーにセットされている。見るからに中身は熱々なのに、おかげですんなりと僕の手に収まった。
この珈琲を飲んでいるあいだ――熱さが冷めて飲み終わるまでの時間だけは、少しだけ仕事を忘れて彼と過ごせる僕にとってのささやかなご褒美だから。自然と口元も緩んでしまうのも仕方ないよな。
「いつも美味しそうに飲んでくれて、嬉しいです」
「こちらこそ、いつもありがとう……すごく、いい香り」
あなたが淹れてくれたから、なんて言えるわけもなく。無難な言葉しか返せないのが少し悔しい。そんなことを考えながら当たり障りのない会話をしているうちに、気づけば彼のカップは既に空いている。
「ああ、私のことは気にせずゆっくりして下さいね」
なんて言いながら優しい顔を向けてくれるけど、そんなにじっと見られるとドキドキしてさらに喉を通らなくなりそうだ。本当は保温なんてしなくていいのに、だけどそれを言ってしまえばせっかくの彼の優しさが勿体ないし、何よりできるだけ長くここに居たいから。それを言えない自分は卑怯だという自覚はあるけれど。どうせこの気持ちは叶うはずもないのだから、せめてこの時間だけは最大に利用させてくれたっていいだろう?
「ねえ、何か違うこと考えてませんか?」
「あ…………」
ああ、しまった。いつのまにか至近距離にいた彼に声をかけられてはっとする。
「それ、飲んでるあいだは……私のことを考えてくれませんか?」
「えっ」
「なんてね」
「あっ、いや、考えてるよ!」
……ああ、何言ってんだ。なんだか都合のいい幻聴が聞こえた気がして、思わず言葉が飛び出した。
「あっ、それは、その」
「ふふ、それが聞けて嬉しいです」
「あ…………」
「じゃあ、私はお代わりを淹れてくるので、遠慮なくゆっくりして下さいね」
「…………」
「はぁ……あの人ほんとなんなのあの顔で猫舌でしかもバレてないと思ってるのも可愛い過ぎるでしょそれにちょっと近づいただけであんなにソワソワしておれが取って食うとでも思ってんのかないや確かに美味しそうだけどああ今度からもっと熱々にしなきゃ茶菓子も用意してそれから…………」
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