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人けのない校舎裏。桜の木の下で、二人の男女が向かい合っている。
呼び出したのは女子のほうだった。ソワソワしながら俯いている。話の切り口を探すように、視線を彷徨わせている。
時々、ちらっと男子の顔を見ては、目が合ったとたんに慌てて逸らす。そんな不毛なやり取りが、もうかれこれ二十分ほど繰り返されていた。
男子のほうはというと、妙に落ち着いていた。緊張で紅くなった彼女の耳を静かに見つめる彼の視線からは、どういう感情を抱いているのか読み取りにくい。
「あの」
ようやく、彼女が口火を切った。蚊の鳴くような声だった。しかしそれは、この沈黙を破る大きな力をひめていた。肌寒い風が、この事態の深刻さも知らず、二人の身体をすり抜けて行った。
「あのっ」彼女は声を一段張り上げ、小さく一歩、彼に歩み寄った。そして真っ直ぐに彼の目を見つめる。彼のほうも倣うように彼女を見つめ返す。
「・・・」
再び、胸が詰まる沈黙。ふざけて廊下を走る生徒たちの笑い声が、校舎の窓越しに、二人のすぐ横を通り過ぎていく。その反対側、桜の木が並んだフェンスの向こうでバスケットボールをして遊ぶ生徒たちの掛け声、音楽室から聞こえるピアノ、鳥の鳴き声、そして十三時を告げるチャイム・・・。
しかし、それらの音なんて、二人はまったく気づいていない様子だった。
彼女の口から言葉は出てこない。未練に染まった溜息が洩れるばかり。微かに震えながら、目が潤んできている。
どうして。彼女は自分の不甲斐なさにうんざりしてしまう。どうして、たった一言が言えないの。いつだって肝心な時に、この口は役に立たない。こうして彼が辛抱強く待ってくれているのに、想いを伝えようと決意した瞬間、足が竦んで、胸が締めつけられて、怖気づいてしまう。そうして結局、自分が納得する「今のままでいい」言い訳を一生懸命探してしまうの。ああ、どうして、どうして。
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