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『…て、いうかさ、
俺たち付き合わない?』
そう打ち込んで一息つくと、俺はベッドの上にスマホを放り投げた。
ついに、ついに、紫に告白してしまった。
面と向かって伝える勇気はないからLINEを使った。なんとも便利な時代になったものだ。
人生で初めての告白は意外に手応えのない、あっさりとしたものだった。だけどずっと心臓がバクバクと動き、メッセージの送信からしばらく経過した今でもそれは鳴り止まない。
スマホの通知音が鳴るたびに頭のてっぺんから足の先まで緊張が一気に駆け抜けて、震える手で画面を確認すれば別のアプリの通知だったりして一喜一憂する。心臓に悪いことこの上ない。
紫とは大学のサークルで知り合った。所謂オタクサークルというやつで、ゲームのレベル上げと無課金ガチャへの粘り強さしか特技のない俺にとって、所属サークルの選択肢はそこしかなかった。
一緒に入会した同学年の女子の一人が紫だった。小柄な身体にショートカットに切り揃えた黒髪に薄い化粧。カジュアルな身だしなみはいい意味でオタク臭さが薄い。好きなアニメについて話すときの明るい笑顔と、俗世(非オタの世界)に交わるときのわきまえた身の振り、まさに俺にとっての理想が詰まっていたと言っても過言ではない。
さて、ここからどうして告白することになったのか、その理由は単純で浅はかなものかもしれない。サークルイベントの打ち上げで行った居酒屋で隣の席になって、結構楽しく会話ができた。紫も俺と話してて楽しそうだったし、それで「あ、俺でもいけるんじゃね?」なんて思ってしまった。
高校時代の生物の授業で得た知識だが、恋をするとドーパミンという物質が脳からドバドバと噴出して様々なことを勘違いさせるらしい。あのメッセージを送信した俺からも大量のドーパミンが溢れ出ていたに違いない。
告白から数時間が経過して、だんだんと脳内のドーパミンが減少してきたのか、俺は冷静さを取り戻し始めた。
返事がまだ来ない。既読スルーされているんだろうか?それともまだ読んでいないのか?スマホでLINEを起動して確かめようと思ってやめた。あの告白文を再度見返す気にはなれない程度には恥ずかしい。でも気になる、気になる。再度LINEアイコンをタップしようとして手が止まる。無理、恥ずかしい、恥ずかしい。
返事を待って夜が更ける。女々しいことに俺は告白から過ぎた時間を数えていた。さあ、もうすでに4時間も経過したぜ奥さん。
そろそろ寝ないと明日に支障をきたしそうだ。講義もサークルもある。でもさ、ぐっすり寝れたとしてもこんなメンタルじゃどっちみち支障をきたすかもしれない。紫の顔を学校でどんな顔でみればいいんだろう。そんな後先も考えていなかったのか俺は。
寝よう、そうしよう。返事が来ないのは彼女は迷っているのかもしれない。返事を急ぐ男は嫌われるだろうし、ここは彼女のペースに合わせるのが吉だと思うことにしよう。もしかしたら彼女は今頃ベッドで嬉し涙を流しているのかもしれない。そうだったらかなり萌える。もし付き合えたらそんなこれまで見たことがなかった彼女の顔が見れたりするかもしれない。いやいや、ただ単に距離を置かれているだけかもしれない。もしかしたらキモいって思われたかも。
時刻は深夜2時を回った。寝れない、心臓のバクバクが止まらない。その上胃もキリキリ痛んできた。お願いだからもう早く朝になって欲しい。
目を閉じて何度深呼吸を繰り返しても全く眠くならない。考えてもしょうがないことをずっとずっとぐるぐるぐるぐる考え続けてる。告白ってこんなに辛いのか?いや、辛いのは告白じゃなくて、この待っている時間だろうな。そろそろせり上がってきそうな胃液をコントロールするために薬箱に手を掛ける。まさか告白して胃薬を飲む日が来るとは思わなかった。
長い長い夜が明けてようやく朝が来た。寝不足と緊張を抱えたままフラフラしながら学校へ向かう。結局紫からの返事はまだ来ていない。
校門が見えてここでもし紫とばったり会ってしまったらどうしよう…という不安が頭にちらついていたところ、タイムリーなことに何者かに背中をポンと叩かれた。びくりとして振り返ると、なんと件の彼女が笑顔で駆け寄って来ていた。
「城田くん、おはよう!!」
「…」
なんで、なんで笑っているんだ?昨日俺から告白されただろ、それなのに返事もせずになんで朝こんなフランクに挨拶してきてるんだ?なにが起こっているんだ?
「あれ、城田くんどうしたの?なんか表情が固まってるよ。リヴァイ兵長みたい!」
すぐなんでも漫画のキャラに例えてしまうのはオタクの性なのか。そんなことよりも重要なことがあるだろ紫。
「え…だって読んだだろ…」
「なにが?」
「ライン…」
紫はきょとんとした表情を浮かべたまま、バッグからスマホを取り出す。その姿を真っすぐ見ていられなくて俺は斜め上を向く。スズメが今日も元気に空を飛んでいて、世の中の平和を感じた。
「来てないよ。城田くんからライン。」
「え?」
「ほら」
紫から見せられたLINEのトーク画面には、確かに俺からの『告白』メッセージが表示されていなかった。
「え!?だって確かに…」
俺は真っ白になりそうな頭をなんとか制して、自分のスマホをポケットから引っ張り出した。紫とのトーク画面を開くと、昨日書いたメッセージの右下に「エラー」のマークが出ていた。
昨日部屋の電波が悪かったんだろうか。
…まさか、そもそも送れていなかったなんて。
「き、昨日の…俺は一体…」
「ちょ、城田くん!?」
驚く紫を尻目に地面にへたり込む。その時紫のスマホの着信音がなった。先ほど俺がLINEを開いたことで、ようやくメッセージが受信されたようだ。
スマホを覗き込む紫の目が見開かれる。本人に面と向かって言えないからLINEしたのに、これじゃ意味ないな。泣きたいような笑いたいようなチグハグな気分で俺は下を向く。
「…ねぇ、これ本気?」
紫にそう言われて顔を上げると、彼女の顔は俺が今まで見たことのないものだった。
多分こうして面と向かって伝えていないと見ることのできないレアな表情。
それをひとときのものにしたくないと思った。よろけながら俺は立ち上がる。
「うん」
見たことない君の表情が、これからももっともっと見たいから。
「好きです。付き合ってください。」
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