平行線のはずだった

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平行線のはずだった

 鍵だけを押しつけて、一度手を振って微笑んだ。それから翠は振り返りもせずに道をぐんぐんと進んで見えなくなっていく。  追いかけることは、俺には出来そうになかった。  ぺしゃんこになったテントに腰をかけて、タバコを取り出す。パッと灯った赤が、俺と翠との思い出を思い出させた。 ▽ 「お前、そんなキャラだったんだ」  カメラを構えた陰気な転校生は、陽気な男友達へと姿を変えていてつい口をついて言葉が出る。 「いや、悪い」 「事実だから。君には、分からないかもね。人気者の君には」  予鈴が大きな音を立てて鳴り響く。俺の中であんなに大切だった無遅刻無欠席が最も容易く崩れ落ちた。 「名前、なんだっけ?」 「斎藤翠。女みたい、だよね」 「俺は田口灯。面白いやつだな翠って」  高校生になった今、「友達になろう」なんて言葉は意味をなさない。気づけば、俺の親友は翠になっていた。  出会ったあの日以来、翠は時々俺に写真を教えてくれるようになった。クラスでは、一言も交わさない。俺たちの世界は交わらない。 「翠はいいよな」  ぽつりとこぼれた俺の愚痴にもあいつは笑顔で答えた。 「たぐっちゃんだって人気者でいいじゃんか」 「作り笑顔も疲れるよ」 「灯が、やめたいならやめても誰も咎めないよ」  翠は俺と違って賢くて、強くて、かっこいい。俺はただニヤニヤと作り笑顔を浮かべて周りの顔色を伺うことしかできない。写真という取り柄がある翠が羨ましい。 「灯はさ、将来何をしたいの?」 「……なんだろうなぁ。役者とか、モデルとか少し憧れてる」 「いいね! 俺が灯をいつか撮る。俺はカメラマンになるから、いつか二人で仕事をしよう」  ガンッとぶつけ合った拳は、熱く痛々しかった。けれど、その当時は本気でその夢と約束を信じ切っていた。 ──必ず、叶うと信じて。  そんな夢をあいつは叶えた。俺は、夢なんてとうの昔に置き去りにして大人になったフリをしている。  燻る紫煙の向こう側に、立ち去ったあいつの笑顔が残っている。なんだか胸の奥が、強く締め付けられた。
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