ファインダー越しの世界

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ファインダー越しの世界

 あいつに託された鍵は、なんの鍵だかわからないまま普通の日常へと戻っていく。あいつの失踪事件も特に大きく取り扱われることもなく、SNSで時々面白おかしく扱われるだけになっていた。  吐き出された深いため息は、色を持たずに空へと登っていく。 「田口くん、なんかあの日から変だよ」  後ろからの声に振り向けば、同僚の美里が立っていた。手に持っていたタバコに火をつけながら、一口吸い込んだ。 「美里はさ、将来の夢って覚えてる?」 「いつ頃の?」 「高校ん時の」  はぁーっと美里の口から吐かれた紫煙を目の端で追う。うぅん、と微かな唸り声を聞きながら、タバコに火をつけた。 「私、漫画家になりたかったんだよねぇ」 「意外!」 「そういう田口くんは?」  一口深く吸い込んでから、深呼吸。人の夢を聞いておいてなんだけど、自分の将来の夢を口に出すことはなんだか憚られた。 「忘れちゃった」  とぼけて、口角を無理矢理に持ち上げる。呆れたような視線が胸に突き刺さるけど、それ以外美里は何も言わずにタバコを吸っていた。  ひんやりと冷たい鍵を握りしめて、空を見上げる。木々は青々としていて、あいつの髪みたいに透き通って見えた。 「田口くん、携帯なってるよ」  美里が指差すポケットの方に手を突っ込めば、スマホが軽快な音を立てながら震えている。取り出して確認すれば、あいつからのメッセージ。 「灯。僕の夢を継いでほしい」  あっさりと淡々としたメッセージ。そんなこと会ったときに言えばいいじゃねぇか。  指を動かせば一番下に添付されていた画像。  思い出すたびに、あいつが笑ってカメラを構えてる姿が脳内に浮かぶ。そんな青春時代を過ごした校舎が映っていた。 「何があるんだよ」
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