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3
そこで俺は思いつく。嫌な可能性について。
「そのユーイチって男、あんたとワンナイトしたのか……で、ユーイチの恨みを俺で晴らそうと……?」
『飲み込み、早いんじゃない?』
俺の言葉に、女はニタリと笑って見せる。俺は慌てて続けた。
「いや飲み込んでねえよ! 飲み込めねえよ! 俺、あんたのことなんか知らねえし、恨まれる覚えなんかねえから!」
『だから、男ってすぐ、都合の悪いこと忘れるんだよねえ。どうすれば思い出せるのかなあ』
そして、女は。
さっき、俺が避けた話があっただろう。
ここに来てその話をしなければならなくなった。
女は大きな機械を持っていた。そしてその機械の刃を、俺の方に向けている。
チェーンソー。あの、木材加工とかに使うアレだ。
「あの……それ……」
俺はヘラヘラと笑って見せる。
だがこれは女の単なる脅しで、スイッチは入れないだろう、そうであってくれ、俺はそう願っていた。
その願いは耳障りな、またデカい音によって掻き消される。
チェーンソーの動作音。
やめろ、それを持ってこっちにくるな。こっちに向けんな。
女は近づいてくる。
「待て待て待て待て! 待ってくれ、お願いだから!」
チェーンソーの動作音に掻き消されないよう、俺は俺に出せる最大音量で叫ぶ。女がベッドにチェーンソーの刃を突き立て、中の綿を撒き散らしたのとほぼ同時だった。
「思い出した?」
女は俺に向かってニタリと笑う。幸いなのかなんなのか、得物をチェーンソーに持ち替えた女は今はマイクを使っていないので、人間の普通の声量だ。
「いや思い出せん! 申し訳ないが、なんも思い出せんが……それでも、この仕打ちはないんじゃないのか?」
「ふうん……そういうこと言うんだ」
「いやだから! 不幸にして酩酊のためというか、不慮の事故によりというか……とにかく思い出せないことは認めるが、だからってそのヤリ逃げ男と同種の人間と決めつけることはないだろう!」
「自分が何を言ってるのか分かってる?」
「分かってる、正直あまり分かってないが……いやでも分かってる! 俺は今まで生まれてこの方、ヤリ逃げなんかしたことねえよ!」
「今日が初日……とか言ったら、どうなるか分かってるよねえ」
「言わねえよ! 逆だよ! だから……不幸にしてあんたのことは知らんが……俺たちもっと、お互いを知るところから始めてもいいんじゃないか?」
これが、俺とカリンの出会いだった。
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