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5
そんな日々にも、俺自身が慣れてきたある日のことだ。俺はふと、口にしたのだ。
「お前がこんな奴だって知っていれば、ユーイチだって上手くやって行こうと思ったかもしれないのにな」
その瞬間。
奇妙な違和感。
空気が灰色になったような、耳元でサラサラとしたホワイトノイズが聞こえたような。
カリンは無表情だった。全くの。
その冷たい目。
やがて、その血色の悪い唇がうっすらと笑う。
「ユーイチ? 誰だっけ、それ?」
視界がぐにゃりと歪んでいくような錯覚を俺は覚える。
いや、これは単なる俺の気のせいか。だが。
俺は、今までのことを思い返してみる。
俺がカリンにしたことについて、カリンは何一つ、明確なことを言わなかった。心理的な脅しを駆使して、巧妙にその話題を避けていたとも言えないか。
カリンはユーイチを許さない、そう言った。だがなぜ許さないとも言っていない、自分自身では。俺が勝手に解釈することに任せていた。俺がそう解釈するように仕向けていたとも言えるかもしれない。
そう、全ては、俺がカリンに手を出したと俺自身に解釈させるために。そして、俺からカリンに交際を持ちかけさせるために。
俺はカリンに何かしたのか。あるいは、何かをしなかったのか。あるいは、何もしなかったのか?
あの夜の記憶。知らない店に入って飲んで、その後の記憶がない。
覚えているのは、そこで飲んだカクテルのことだけ。
マリブサーフの、青い、青い色。
そこにカリンは、いたのか、いなかったのか。
青を見つめる、赤の視線。
ユーイチと、カリン。
ユーイチは本当に存在しているのか?
俺が今、それを聞いたら。
カリンは何を考え、そしてどういう行動に出るのか。
なあ、カリン。ユーイチは、お前にとって何なんだ?
俺はカリンを見る。その赤い、冷たい目。
カリンが俺を見ている。
(了)
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