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「すみませんね、霧絵さん。急に会社から連絡が入ってしまって」
「いえいえ。お仕事大変ですものね。仕方ないわ」
「ありがとう」
そして今。私がレストランで食事をするこの男も、私のカモの一人なのだった。
新城翔夜。さっきLINEをしていた新城静夜の兄である。弟に似て、彼もなかなかのイケメンだ。大手商社の営業マンをやっているだけあって、弟よりずっと威圧感がある。
そう、私は今兄弟で二股をかけているというわけだ。この兄は弟よりは金払いがいいだろう。実際今日もこんな豪華なレストランに連れてきてくれた。
まったく馬鹿な連中である。二人仲良く私に騙されているとも知らずに。
――男なんてちょっと色仕掛けして可愛く振る舞ってやればみんな落ちるのよ。さて、こいつには何を買って貰おうかしら。
ドレスコードのある店ということもあって、彼は今日は立派なグレーのスーツ姿だ。店員にコース料理を注文する姿も実に様になっている。
「ここの店、美味しいって評判なんだけど……すこーし料理が来るのが遅いんだ」
翔夜は苦笑いしながら言った。
「だからそれまで、ちょっとしたお喋りでもして時間を潰そう。君を退屈させないように頑張らないとな」
「あら、何か面白いネタでもあるの?」
「ああ。この間君、LINEで言ってただろ?つまらない世界から抜け出したい、異世界転移って楽しそうだって」
「……ああ、そんなことも言ったかしら」
恥ずかしい、と私は目を伏せる。丁度その会話をした時、CMでラノベを原作にしたアニメが流れていたのである。最近流行しているらしい。タイトルは『異世界転生したら美しき聖女様になっていました!七人の王子様に溺愛されまくりで昼も夜も大変です!』というもの。タイトルが完全に出オチである。どうにも、退屈な現実世界から抜け出して、理想的な世界で美少女になってちやほやされたい願望がある人は多いらしい。
まあ、わからないではなかった。私は自分の美貌には充分満足しているものの、この世界に退屈を感じていないわけではなかったからである。
なんせ、私が欲しいと思って手に入らないものがない。金も男もこの美貌と話術で思いのまま。もう少し刺激的で面白い体験がしたい、なんて思ってしまうのも当然のことだろう。
「異世界転生っていうと、一度死ななくちゃいけないでしょ?でも転移、なら一時的だしやってみたいって。現世は退屈だわ。それでいて、面倒なお仕事をしなきゃ食べていくこともできないわけだしね」
「俺もそう思う。……実は、そんな君にオススメのおまじないがあって」
「何々?」
「楽園みたいな世界を体験できる……夢を自由に見られるっておまじないなんだ。夢だから、異世界転移よりお手軽だろ?」
翔夜は得意げに笑って、指を一本立てたのだった。
「こいつは本物だからオススメする。俺も一度試したんだ。本当に楽しかったぜ。……ま、騙されたと思って霧絵さんも一度やってみなよ」
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