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大切な人だから
その日、望が仕事を終え帰宅すると、
マンションの部屋が暗かった。
テラスの照明は自動なので、
日が落ちれば点灯するのだが、
部屋からは
まったく灯りが漏れていない。
玄関灯さえ暗いままだ。
蓮、出かけてる?
それにしても…
不審に思いながら
ドアノブに手をかけると、
鍵がかかっていない。
「ただいま。蓮!」
声を掛けても、
返事はない…
次々と部屋の明かりを灯す。
台所を見ると、
調理の途中だ…
火こそ着いていなかったが。
寝室…?
「蓮?寝ているの?」
寝室のドアを開けると、
布団が盛り上がっている。
薄く灯りをつける。
「ただいま。」
「あ、望。お帰り。
ごめん。気がつかなくって。
何時?」
「9時だよ。どこか具合悪いの?」
「うん、ご飯作っていたら、
なんとなく胃に違和感を感じて…、
その時はそんなにひどい痛みじゃなかったから、
少し休めば治るかなって
思ったんだけど…
だんだん痛みがひどくなって、
起き上がるのが
しんどくなってしまって…
だから…ごめん、
ごはんできてない。」
「それはいいけど…薬は?
飲んだの?」
「ううん。
なるべく飲まないほうが
いいかなって…」
蓮は望を助けようと、
身代わりとなった交通事故で
肝臓を損傷し
移植手術をしていた。
「でも…つらそうだよ…。
胃の痛みって、
寝ていても治るもんじゃないんだろう?
持ってくるよ。待ってて。」
「…ありがとう。
2錠頂戴。
痛んでいるときは、
そのほうがいいって聞いたの。」
蓮が飲み終わると、
ベットに身体を横たえさせた。
「これで、
一時間くらいで少し楽になると思う。
望…
今日は別の部屋で休んでくれる?」
「どうして?」
「だって…
横で私がうんうんうなっていたら、
眠れないでしょう。
私も落ち着かないし…ね。
そうして。」
「…うん、わかった。
じゃ、寝る前にまた覗くから、
辛かったら言って。
ごはん、食べてくるよ。
電気、暗くする?」
「うん、そうして。」
簡単に食事を済ませる。
万が一のことを考え、
アルコールは控えた。
書斎でパソコンを開いたり、
どこかへ電話をかけたり…
一時間ほどしてから、
寝室を覗きに行ってみた。
痛みが去ったらしく、
蓮は安らかな寝息を立てて
眠っている。
よかった…。
これなら隣で寝ても大丈夫だよね。
望はほっと胸をなでおろして、
シャワーを浴びに行った。
「おはよう。」
「おはよう。
もう起きて大丈夫?
寝ていてもいいのに。」
「うん、大丈夫。
意外とね、
痛みがなくなると
けろっとしてるもんなの。
昨日は、ほら、
一日絶食とかじゃないから。
体力もそんなに落ちてないし。
平気。」
「そうなんだ…。
でも、こういうときは
我慢しないで
ちゃんと連絡してよ、
これからは。」
「うん、ごめん。
メールくらいすればよかったよね。
食事用意してませんって。
つい、
仕事の邪魔しちゃいけないなって
思って…」
「そうじゃなく…
一人で家で倒れていたりしたら、
困るだろ…
ひどくなる前に、連絡して…
仕事は大事だけど、
責任あるけど…
蓮には換えられないよ…
わかってるだろ?」
蓮を抱き寄せる。
「うん…
望、スープ作っておいてくれたのね。
ありがとう。」
「有り合わせの材料だけどね。
今朝はさすがに、
パンとコーヒーというわけには
いかないと思って。
昔、僕が熱を出したりすると、
母がよく作ってくれたんだ。」
「そうなんだ。
望さんのお袋の味ね。
いただきましょう。」
「そういえば、そうかな。
料理なんて、
あまりする人じゃなかったから。
お手伝いさんもいたし。
でも、
このスープだけは
自分で作ってくれたんだ。
…ところで…
蓮は前から胃痛もちなの?
僕と住むようになってからは、
初めてだよね。」
「二十歳の頃からかしら?
仕事が忙しくなったり、
あと冬場?
冷えるとだめみたい。
気をつけてはいるんだけど…」
「僕は、胃痛の経験はなくて…
辛いんだね、結構。」
「うん。痛み出すと、
動けなくなる。
立っているのがしんどくて。
お腹の痛みと違うんだよね。
耐えるしかないっていうか…
そんな感じ?」
「ふうん…
それにしても…
意外と…
あ、いや…」
「意外と…なに?
デリケートなんだ…
と思ったんでしょ…
がさつなくせに…」
望を睨んだ…
あ・わ・わ…
やぶへび…
「いや、べつにそんなこと…
思ってません。」
しまった…
口を滑らせた…
「…あ、あのさ。
ここ行ってみて。
予約しておいたから。」
望は名刺を差し出した。
「足反射区療法?マッサージなの?」
「ちょっと違うけどね。
蓮はアメリカ暮らしが長かったから
あまり知らないかな。
東アジアでは歴史が永い
民間療法なんだ。
リフレクソロジーって聞いたことがあるだろう?
あれに近い。
薬を使いたくないんなら、
試してみたらどうかなと思って。
僕も、
小さいころ気管支が弱かったから
この先生にお世話になったんだ。
蓮には元気でいてもらいたいし…
ほら…
蓮に似たかわいい女の子も
早く抱きたいから…ね。」
「う…うん。
行ってみるね。
ありがとう…」
頬を染めて俯いた…
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