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「木村じゃなかったら何になるわけ?」
木村はもじもじと学ランの裾をいじりながら、ヤケクソの早口で
「ラムチャンドラ」
と言った。
「ラム、チャンドラ……? え、待って。木村、明日からラムチャンドラになんの? マジで?」
木村は絶望して隣の机に突っ伏した。外から金属バットが硬球を叩き上げる音がする。
「まず、親父さん何人なの?」
「ネパール人。でもすっげーチャラくて死んでもお父さんとか呼びたくない……というかネパール語でお父さんって何て言えばいいのか知らん。一生他人行儀にラムバランさんって呼んだる」
「ラムバラン・ラムチョップか」
「ラムチャンドラな」
俺は必死に笑いを堪えながら、木村の肩に手を置いた。
「お前の秘密は分かった。でも大丈夫、お前が木村でもラムバランでも俺たちは友達だ」
「ラムチャンドラだけど……まあいいや。ありがとう。あと秘密の話がもうひとつある」
「は?」
木村はポケットを探ると、どうみても高そうな包みを出して一番良い声でこう告げた。
「俺やっぱりお前が好きだ。結婚を前提に付き合ってほしい」
「馬鹿かてめえ。やだよ苗字ラムチョップとか」
「ラムチャンドラな。俺だってやだよラムチャンドラ。木村が、木村でいたいよぉ……」
「泣くなー」
手の込んだ悪戯に俺たちは爆笑した。
ちなみにラムバランさんはヒンドゥー教なので、男同士で結婚するとなるとサガルマータ(エベレスト)級の厳しい試練となる。
本当は少し嬉しかっただなんてラムチャンには絶対に言えないしやっぱり嫌なもんは嫌だ。
(了)
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